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明月之夜 ~月の輝く夜に~ 第79話 | 荷蓮花の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
明月之夜 ~月の輝く夜に~
第79話
作者:
荷蓮花
ビューワー設定
79 / 201
第79話
文維
(
ぶんい
)
は急に声を落とし、静かに低い声でゆっくりと問いかける。そのトーンが、まるで催眠術のように
玄紀
(
げんき
)
の思考を鈍らせる。 「さあ、申玄紀、正直に考えてごらんなさい」 「な、何を?」 自分の全てが、この包文維に暴かれるような気がして、玄紀は不安になる。 「あの、美しい
唐煜瑾
(
とう・いくきん
)
を、女性のように抱きたいと思っていませんか?」 「な、無い!絶対に無い!」 反射的に、玄紀は答えていた。 美しい幼馴染を、そう言う目で見る人間が少なからずいることは、玄紀ですら理解している。 しかし、玄紀にとって煜瑾は、物心ついた時から傍にいる、本当の家族と同じで、その煜瑾に
疚
(
やま
)
しい感情を抱くことは、近親相姦にちかい禁忌感と違和感を覚えるのだ。 傷付けたくない、守りたいと思うことはあっても、その一線を越える感情は抱けない玄紀だった。 それは、正直なところ、聞くまでもなく文維にも分かっていたことだ。だが、こういう誘導をすることで、玄紀の中で唐煜瑾と羽小敏の「違い」が認識できることを期待していた。 申玄紀は、羽小敏の関心を引きたい…。 それは小敏を愛し、小敏をその腕に抱きたいという欲望の一部なのだ。なのに、玄紀はそれを認められない。 自分から選ぶことをすればいいのに、なぜか小敏に自分を選んで欲しいと、消極的に望んでいるだけだ。 (唐煜瑾といい、申玄紀といい、名門のお坊ちゃまというのは、恋愛においてさえ「貪欲」ということを知らない…) 文維はそんな感想を抱いた。 「そうですか。でも、私は違います。私は、煜瑾が欲しくてなりません…」 「ぶ、文維?」 唐突に文維は熱い吐息を落とし、濃艶な声で玄紀の耳元で囁いた。 「週に一度、患者として会っているというのに、時々、煜瑾のことを夢に見ます。甘い声や切ない眼差しで、私を求めて来る可憐な仕草が忘れられないのです」 「ちょ、ちょっと…文維…」 その生々しさに、玄紀も焦りを感じてしまう。 こんな風に文維が、男としてここまで煜瑾を欲しているとは、玄紀も実感していなかったことだ。 そして、それは小敏を想う自分に通じると気付いてしまう。 それを知ってか知らずか、文維は一方的に先を続けた。 「羽小敏の時も、それ以降のどんな相手に対しても、こんな風な気持ちにはなれなかった…。私にとって、唐煜瑾は特別な相手なのです」 「…そ、そう…なんだ…」 小敏の名前が出たことで、玄紀はまたも動揺する。 小敏の初めての相手は、この文維だと、本人から聞かされている。 お互いに愛し合って、求め合って、与え合ったはずなのに、煜瑾に対してそれ以上の気持ちを抱いているというのが、玄紀にはまだ体験としては理解できていない。 煜瑾ほどには、文維は小敏を愛していないのに、抱いたということなのだろうか。それでは小敏が可哀想だ。 小敏は文維に夢中だったのに、文維はそうでもなかったということになる。その上、留学を理由に棄てられたのだとしたら、小敏が今のように変わってしまっても仕方がないと、玄紀は思ってしまうのだ。 小敏は悪くない。 悪いのは、文維なのだ、と。 だが、一方でそうではないことも、この歳になれば玄紀でも分かる。 その時の気持ちは、本人たちにしか分からないだから…。
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