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第80話
「もし今、玄紀 が煜瑾 を抱きたい、と答えていたら、嫉妬で殺していたかもしれません」
とんでもなく感情を抑えた声でいう物騒な言葉に、玄紀は顔色を変えるほど驚いて起き上がり、文維 の顔を見た。文維は薄く笑っていたが、その言葉は文維の本気のようにも玄紀には思えた。
「ま、まさか…文維 が嫉妬なんて…」
引きつった笑いで、申玄紀 はようやくそれだけを言った。
すると、包文維 はスッと痛々しい表情に変わって、別人のように弱々しく呟いた。
「それでも、煜瑾 は私の患者なのです…。どれほど想っても、触れることはできない…」
その様子に、文維を嫌っているはずの玄紀でさえ、心が揺らぐ。
「元気を出して…、文維」
ふいに文維は平静に戻り、真剣な表情で玄紀に問いかけた。
「では、あなたはどうですか、玄紀?」
「え?」
核心に迫る勢いの文維の眼差しに、玄紀はドキリとして緊張感が走る。
「小敏 のことが欲しくて、眠れないほど苦しい夜はありますか?」
「わ、私は…」
無いはずが無い、と文維は確信していた。
小敏にはそれだけの性的な魅力があることを、文維自身が何より知っていたし、玄紀もまた健全な男子であるのも分かっている。
「羽小敏が…、欲しい?」
悪魔のように誘惑的で艶めかしい文維の質問に、玄紀はゴクリと生唾を呑み込んだ。
昼食を済ませ、羽小敏 と唐煜瑾 は、気分転換に煜瑾の服などを先に買い歩くことにした。
何軒も店を回り、小敏は自分好みの衣装を、とっかえひっかえ煜瑾に試着させては満足していた。
「その色はダメ。煜瑾はねえ、もっと明るくてカワイイ色を、顔の近くに持って来た方が映える」
「では、こちらのラベンダーカラーのブラウスに、ダークバイオレットのジレを合わせて…」
店員の方も、美しい煜瑾を着飾るのが楽しくてならないらしく、次々と新しい提案をして来るので、いつまでたっても買うものが決まらず、煜瑾も困っている。
「あ、あのね、小敏…。私の着る物は、そんなにたくさん要らないのです。だから…」
「煜瑾は黙って、これに着替えてきなさい」
「…はい…」
高校時代から、小敏の推しの強さに勝てない煜瑾は、この店だけでも4回目の試着に向かった。
「ねえ、こっちのオレンジのセーターに、このモスグリーンのジャケットはどうかなあ」
「とても可愛い組み合わせだと思います~」
試着室の外から、小敏と店員の会話が聞こえてきて、まだまだ試着が待っているのかと思うと、煜瑾は思わずため息を落とした。
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