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第81話

(できれば…文維(ぶんい)のお誕生日に着ていく服が欲しいな…。文維が好きそうな、…それを着た私を、文維が好ましく思ってくれるような…)  カシミア混ウールのツイードのボトムに、勧められたシャツとベストを着てみる。確かに、ラベンダーとは言え、赤味が少し強くピンク系のシャツは、煜瑾(いくきん)の顔色にもよく似合った。カッチリとした服装でありながら、色合いの柔らかさのおかげで、ほど良い遊び着の雰囲気も悪くない。 「文維の好きそうな感じ…」 「しょ、小敏(しょうびん)!」  いつの間にか、小敏が試着室のドアを細く開けて覗いていたらしい。煜瑾が気付くと、安心したようにドアを大きく開き、煜瑾の全身を検分した。 「ツイードみたいなトラディショナルな素材は、物静かな煜瑾らしいし、パープル系は文維も好きな色で、煜瑾にも似合う」  そう評価して、小敏は鏡の中の煜瑾に、意味ありげにウィンクを送った。 「こ、これで…文維の気に入ると思いますか?」  恥ずかしそうな煜瑾に、小敏は肯定するようにニッと笑いかけた。 (ま、何も着てない方が気に入るんだろうけど…)  結局、煜瑾は小敏の見立てた文維との「デート服」と、タイトなブラックデニムを購入した。  いよいよ、文維へのプレゼントを買いに行こうとなった時、ふいに小敏が言った。 「文維のプレゼントは、煜瑾が1人で決めた方がイイと思うな」  ここまで来て、小敏の急に突き放すような態度に、煜瑾は途方に暮れる。 「だって煜瑾は、あの自分のお部屋のコーディネートは、自分で決めたんでしょう?とっても素敵なお部屋だったよ。煜瑾は趣味が良いし、煜瑾が文維のために選んだものなら、どんなものでも文維は喜ぶと思うな」  小敏にそう言われて、煜瑾はほんの少し自信を持つことが出来た。  そうだ、あの部屋の物を決める時、どれほど心を砕いたことか。自分の好きな物、気に入ったものを1つ1つ手に入れることが、こんなに楽しい事だとはずっと知らずにいた煜瑾だった。  大好きな文維のために、煜瑾が一生懸命考えたものを、文維が拒絶するはずがない。文維との信頼関係の中で、煜瑾は確信した。  そして、そう言いながらも小敏は、煜瑾の買物に付き合ってくれるという。 「お財布…は、文維は最近持っていませんよね?」 「そうだっけ?」  今の上海では、なんでもスマホアプリで決済できるため、確かに財布を持ち歩く必要が無い。そもそもアメリカ帰りの文維は、財布よりもマネークリップを愛用していた。 「この前3人でランチに行った時も、スマホ決済だったし、昨日、スーパーで買い物した時も、財布は持ってなかったと思います」 「へえ」  小敏は、煜瑾がどれほど細やかに文維を見ているのかを知って感心した。  きっと、高校時代からそうだったのだ。ただ黙って、遠くから文維の一挙手一投足を見詰めては、胸を焦がしていたに違いない。  そのことに、当時気付いていたとしても、あの頃の小敏は文維を譲ることは出来なかっただろう。  でも、今は違う。  文維を得ることで煜瑾が幸せになるのなら、煜瑾が傍にいることで文維が幸せになるのなら、どんなことをしても2人に協力したいと思う小敏だった。

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