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第90話

「ねえ、煜瑾(いくきん)?」 「なんですか?」  玄紀(げんき)のニュースが終わり、ボンヤリと、玄紀がイメージキャラクターを務める、新製品の冷凍食品のCMを見ていた煜瑾が、小敏(しょうびん)に名前を呼ばれて振り返った。 「もうすぐ、文維(ぶんい)が帰っちゃうよ…?」 「そ、そうですね…」  たちまち曇る煜瑾の瞳に、小敏も同情するが、すぐに悪戯っぽい表情になった。 「だから、ね…」  小敏は煜瑾にピッタリと身を寄せ、耳元でコソコソ囁き始めた。 「何をやっているんですか?2人で、仲良く内緒話だなんて」  冷やかすように、文維が声を掛けると、煜瑾は恥ずかしそうに文維から視線を外した。 「そろそろ帰りますね」  文維が笑顔でそう言うと、小敏が意味ありげに煜瑾の脇腹を肘で突いた。 「あ、あの、文維…」  口を開きかけた煜瑾より先に、文維の後ろから(ぼう)執事が現われた。 「煜瑾さま、わたくしもこれで失礼いたします。朝食の仕度もしてありますが、お気に召さないようであれば、小敏さまとお2人で外食なさって下さい。それと明日は、午後1時に運転手の(おう)さんがお迎えに参ります。それまでに昼食をお済ませになると良いかと存じます。それと…」 「分かりました!ちゃんと、私だけで出来ますから」  くどくどと長い茅執事に我慢が出来ず、大人しい煜瑾も声を上げた。あまりの過保護ぶりを文維と小敏の前で披露され、さすがに恥ずかしさに耐えられなかったのだ。 「では、茅さん、一緒に出ましょうか」  絶妙のタイミングで文維が声を掛け、茅執事は頷いた。 「はい。では、参りましょう」  文維と茅執事が仲良く部屋を出て行こうとしているのを、煜瑾は困惑した目で見つめた。そして、助けを求めるように、小敏を振り返る。  そんな煜瑾に、小敏は、何事かを促すように、クイクイと顎を振った。  玄関のドアが開く音がして、慌てて煜瑾は2人を追った。  「見送らなくていいですよ、煜瑾」  振り返った文維はそう言った。そう言われた煜瑾は、何も言わずに、じっと文維を見つめるばかりだ。 「では、失礼いたします、煜瑾坊ちゃま…」  茅執事がそう言って頭を下げ、廊下へ出た。それを追うように帰ろうとした文維だが、ドアを閉める前に、もう一度煜瑾を振り返った。  一瞬、文維と煜瑾の視線が絡んだ。  そして、ドアが閉まった。  1人、取り残された煜瑾だったが、しばらくはそのまま動けなかった。  廊下に出た文維は、茅執事と並んで歩きだしたが、急に足を止めた。 「申し訳ありません。忘れ物をしました。先に行って下さい」 「はい、では、お先に失礼いたします」  そう言って、茅執事はエレベータへ向かう。  それに背を向けて、包文維は今出て来たばかりのドアへと戻った。

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