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第91話

 呆然とドアを見詰めていた煜瑾(いくきん)だったが、それが急に開いたことで、驚いて身を硬くした。 「!」  しかし、ドアを開いた文維(ぶんい)は、そこに煜瑾が立っていることを知っていたかのように、何も言わずにいきなり煜瑾の腕を掴んで引き寄せた。  そのまま煜瑾を抱きすくめ、壁に押し付けると、文維は抵抗も忘れた煜瑾の唇を奪った。それは、やや強引ではあったけれど、そのまま文維は何度も優しく煜瑾への口づけを繰り返した。  その心地よさに、煜瑾もいつしか陶然となり、両腕を文維の背に回し、ギュッと抱き締めた。  ようやく、互いに落ち着いたのを感じて、2人は名残惜しげにゆっくりと離れた。 「…どうして?」  戻って来た文維が不思議で、煜瑾はうっとりとしたまま、甘く、艶やかな声で訊ねた。 「別れ際に、あんな目で見つめられて、そのまま帰れるわけが、ないでしょう」  そう言いながら、文維は優しく煜瑾の頬に触れた。 「ごめんなさい…」  そう言って、煜瑾は文維の首に腕を回し、縋りついた。 「どうして謝るのですか?」  その胸にしっかりと抱き留め、文維は、右手をゆっくりと煜瑾の頭から肩、背中へと滑らせていった。 「文維に、心配をお掛けしましたから…」 「私に、心配をさせてくれるだなんて、嬉しいですよ」  そう言って、文維は煜瑾のこめかみにキスをして、そのまま耳元で低く囁く。 「もっと、心配させてほしいな…」  その、まるで誘うような妖艶な声に、純真な煜瑾は全身で恥じらってしまった。 「今夜は、もう帰ります」  急に、声が平静になり、文維が離れた。  ふと煜瑾が視線を移すと、その先にはニコニコした小敏が立っていた。 「ボク、お邪魔かな?」  肩を竦めて小敏が笑いかけると、文維と煜瑾も顔を見合わせて笑った。 「駐車場で、(ぼう)さんが待っていると思うので、私は帰ります」  ニッコリして文維は煜瑾から離れ、小敏にも軽く手を振った。 「ヤダな~。文維が煜瑾に何かすると思って、見張ってるんだ、あの執事」  小敏はムッとした表情になるが、文維はお得意の柔和な笑みを浮かべている。 「ま、何もしなかったわけじゃないし、ね」  そう言って、からかうように小敏は、煜瑾のキレイな顔を覗き込んだ。 「もう!小敏は意地悪ですね!」  小敏に近付いて、煜瑾は軽く肩を叩いた。その煜瑾の肩に腕を回し、ギュッと接近した2人は、仲良く頬を寄せて、声を上げて笑った。  大事に思う2人の明るい笑顔に満足して、文維は手を振って部屋を出て、茅執事が待つであろう、駐車場へ向かった。

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