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第93話
「本当は、ね…」
大好きなチョコ菓子をひとかじりして、恥ずかしそうに煜瑾 は口を開いた。
「ん?」
小敏 もクッキーを頬張りながら、煜瑾の話を興味深そうに聞く。
「本当は、小敏に紹介される前から、文維 のこと…知っていました」
「え!そうなの?」
長い付き合いなのに、初めて聞く話に、小敏は驚いて手にしたクッキーを取り落とした。
「ウソでしょう?いつ?」
慌ててクッキーを拾い上げ、小敏は座り直し、煜瑾にグッと向き合う。
「いつ?どこで、文維を?」
持ち前の好奇心いっぱいの目で、小敏は煜瑾に迫る。そんな親友が、なんだか面白くて、煜瑾はクスクス笑った。
「小敏の知らない所で、…ですよ」
「えぇっ!」
煜瑾は、ニコニコしながら、あの頃を思い出すように遠い目をした。
夢を見るような眼差しの煜瑾が、あまりに純真無垢の美しさで、小敏でさえ心を奪われる思いがして、引き込まれそうだった。
「ウソですよ」
いつも小敏に、からかわれがちな煜瑾だが、今日はむしろ小敏の方が振り回されているように見える。
「…私が、文維を初めて見たのは、高校の図書館でした。3階の奥の窓からテニスコートが見えるのです。全てではありませんが、とても素敵な先輩が活躍する姿は、充分に見えました」
「それって…」
小敏もまた、同じ場所に記憶があった。
放課後の、人の少ない図書館の片隅。
ハッと息を呑むような美少年が、たった1人で物憂げに窓の外を見ていた。
まるで絵画を切り取ったかのような、美しい光景だった。
それが、あまりに現実とかけ離れているように思えて、小敏は現実だと確かめるために、思わず声を掛けたのだ…。
煜瑾は、小敏の回想にも気づかず、先を続ける。
「同じ高校生なのに、あんなに華麗で、優雅なプレイをする先輩だなんて、初めて見ました。私にはそれが眩しくて、感動的でした」
「そこで、恋に落ちた、と」
茶化すようではなく、とても優しい口調で小敏が言うと、煜瑾は高校性の頃の、あどけない笑顔に戻って答える。
「恋…か、どうか、まだ分かりませんでした。ただ、素敵な人だと思って、時々学内で見かけると嬉しくて…。胸がドキドキしたものです」
それは、煜瑾の紛れもない淡い初恋で、兄から与えられる物しか知らなかった煜瑾の、初めて自我が目覚めた瞬間だった。
生れて初めて、煜瑾は自分から誰かを、何かを好きだと選ぶことが出来たのだ。
「ある時、親友から紹介された従兄 という人が、その人でとても驚きました」
思い出に耽溺した煜瑾が、あまりに清らかで美しく、小敏は何も言えなくなった。
「でも、その日から、ずっと憧れていた人と、時々会ったり、おしゃべりをしたり、お食事したりできるようになって、とても嬉しかったです。それも、みんな小敏のおかげですよ」
そんな大事な初恋の人を、現実的に奪ったのは小敏自身だということは、煜瑾もよく承知しているはずだ。
「ゴメン…って、言ってはいけないよね」
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