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第95話

「今朝、子供扱いして『坊ちゃま』とか呼ぶなって言ったのに、ボクのコトは『坊ちゃま』と呼ばなくても、煜瑾(いくきん)のことはずっと『坊ちゃま』扱いじゃないか。ワザとなんだよ、ワザとボクの前で煜瑾を『坊ちゃま』と呼んで、当てつけてるんだよ!」  そうなのか…、と煜瑾は思った。  育ちが良く、人を疑うことを知らない煜瑾は、最も身近な執事に「当てつけ」などという悪意が存在するなど、想像もしなかった。 「う~ん」  何か考え込んでいる親友にも、悪意は無いと思うが、妙な悪戯心は確かに持っているのを煜瑾は知っている。 「何か、良くないことを考えているんじゃないでしょうね?」  呆れた表情で、煜瑾は小敏(しょうびん)の目の色を覗き込むが、小敏はキラキラと少年のように目を輝かせていた。 (ああ、何か良くないことを思いついた目だ…)  長年の付き合いで、煜瑾には小敏が何か「面白い」ことを思いついてしまった、と気付いた。 「ねえ!今度は週末に、煜瑾がボクのところに泊まりにおいでよ」 「え?小敏のところ?」  思わぬ言葉に、煜瑾は虚を突かれる。すぐには意味が分からないという顔をした。 「そう、長風(チャンフォン)地区にある、ボクのアパートだよ。煜瑾は、まだ来たことも無いでしょう?」  いかにも楽しそうに、小敏は煜瑾を誘いかける。確かに、煜瑾にとって魅力的な招待ではあるのだが、なんとなく気が進まない。 「そう…、ですね」  煜瑾の様子に迷いを見てとった小敏は、とっておきの誘い文句を口にした。 「そこにね、文維(ぶんい)も呼ぶ!」 「文維も?」  立ちどころに煜瑾の目が輝く。文維と一緒に居られる時間は、煜瑾にとって何にも代えられない大事なものなのだ。 「先に言っておくよ。絶対に、執事は反対する。…唐煜瓔(とう・いくえい)さまも反対なさるかも」 「お兄様が?」  その名に、煜瑾は端整な容貌を曇らせる。煜瑾にとって、兄・唐煜瓔は絶対的な存在だ。その兄の期待を裏切り、ガッカリさせることだけは、したくない煜瑾だった。 「でもね…」  小敏はここで口調を変えた。悪戯っ子のソレから、信頼の置ける親友の声だ。 「執事も、お兄様も、きっと、煜瑾が文維のことを好きだ、ということも、反対するよ」  煜瑾はハッと息を飲み、そしてすぐに泣きそうな顔になる。 「分かっています…。いくら文維が優れた人であっても、きっとお兄様は私が文維を好きになることをお許しにはならない…」 「でも、煜瑾は、もうとっくに文維のことを『好き』になっているでしょう?」  小敏の指摘に、煜瑾は頬を染めるしかない。 「執事でもない、お兄様でもない。煜瑾が、自分自身の気持ちで、文維を選んだのでしょう?反対されたからって、許してもらえないからって、諦められる?」  心に沁みるような真摯な小敏の声に、煜瑾も思い詰めた顔つきになる。 「煜瑾の人生は煜瑾のもの。煜瑾が誰を好きになっても、誰にもそれを阻めない。煜瑾が誰を好きでも、どこへ行きたいと思っても、何をしたいとしても、それは自由だし、執事だろうが、お兄様だろうが、決して止められない。それだけは、覚えておいてね、煜瑾」

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