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第96話

 唐煜瑾(とう・いくきん)羽小敏(う・しょうびん)は、それから夜遅くまで、色々な話をした。  高校時代の思い出、大学の頃の思い出、そして…、最近の恋の話…。  たくさん話して、たくさん笑って、そして、ほんの少しだけ泣いたりもした。  そして、親友と話を深めるうちに、煜瑾は、何があっても、自分の意志で文維(ぶんい)への気持ちを貫こうと決心していた。  翌朝、と言っても昼近くに起き出した煜瑾と小敏は、(ぼう)執事が用意していた朝食を、時間を掛けて食べ、お昼過ぎには小敏は帰って行った。  そして、予定通り、1時には唐家の運転手の(おう)さんが煜瑾を迎えに来た。  観光地でもあるオシャレな新天地(シンティエンディ)地区の南にある、新興のオフィスビル街の、中でも高級感を持つビルの最上階が、唐家のメインビジネスである皇輝信託(ロイヤルシャイン・トラスト)のオフィスだった。  その名の通り、投資信託を行なう会社だが、煜瑾の仕事は決して多忙ではない。  兄の唐煜瓔(とう・いくえい)の「社長室」の中からしか入れない、「副社長室」に出勤し、荷物を置いてデスクに座る。社長室からのドアは無く、兄が自分のデスクに座れば、煜瑾のデスクは良く見通せるという配置だ。  兄に見張られているような職場だが、煜瑾にはそれほど不満はない。むしろ、ずっと兄に見守られているのだと安心感さえ抱いて来た。  出勤してしばらくすると、兄の第2秘書である、語学が堪能な呉香雨(ご・こうう)女史が、煜瑾の好きなハーブティーと共に、今日のスケジュールを伝えに来る。第1秘書の宣格(せんかく)という男性は、唐煜瓔に同伴して北京に出張している。  煜瓔が居ないからと言って、絶対権力を持つ社長が溺愛する弟に対し、無礼を働くものは社内には居ない。 「煜瑾さま。こちらのパーティーの招待状のお返事に、サインをお願いします。全部で9通ありますが、出席と欠席が分けてありますので、お気を付けて。それから、こちらの社内報の原稿にお目通し下さい。何かお気づきのことがあれば、私が伺います」  それらしい「仕事」を受け取って、煜瑾は大人しく頷いた。 「煜瓔さまは、3時に浦東空港に到着されますので、4時にはお戻りです。簡単な報告のための幹部会議がありますので、ご出席ください。その後、定時には煜瓔さまとご帰宅いただけますよ」 「はい、分かりました。ありがとうございます」  母とまではいかないが、それでも母性を感じる年齢の呉秘書に笑顔を見せると、彼女も安心したように微笑んだ。 「昨日は、お友達と例のアパートにお泊りになったのですって?」  口調も少し砕けた感じになり、優しく呉秘書に質問され、煜瑾の頬が少し緩んだ。

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