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第100話

「そ、そんなことは、お兄様が決めることではありません!」  包文維(ほう・ぶんい)と引き離されそうになり、煜瑾(いくきん)は必死に拒絶した。そんな一途さに、唐煜瓔(とう・いくえい)はこの弟の無垢で純粋な心が心配になる。ここは、例え憎まれようが、この世の現実というものを教えておかねばならない、と煜瓔は思った。 「分からないのですか、煜瑾。あの包文維という男は、お前を利用して、自分の社会的地位を上げようとしているのです。唐家の宝物である、お前の専属の精神科医として名前を売って、自分の成功だけを考えて、純真なお前を利用しようとしているのです」  衝撃的な兄の言葉に、考えてもいなかった煜瑾は愕然として言葉を失った。だが、絞り出すように、煜瑾は心の内に温めていた言葉をついに口にした。 「…だとしても、私は構いません。私は…、私は、文維が、好きなのです!」 「なんてことを、煜瑾!」  驚いた兄は、思わず弟の両肩を強く掴んで揺さぶった。それに負けることなく、煜瑾は大きな声で、キッパリと言い切った。 「私は、間違っていません!私は、包文維を愛しているのです。もう、文維無しには、生きてはいけません!」  夢中で叫ぶ煜瑾に、煜瓔はすっかり仰天し、叱りつけるよりも、案じざるを得ない。 「なんということを、口にするのです。お前は、騙されているのですよ、煜瑾。…可哀想に、何を言われたのです?…それとも、何かされたのですか?」  その一言に、さらに煜瑾はカッとなる。余りにも気が昂り過ぎて、目には涙が一杯に溜まっている。 「お兄様は失礼です!私の文維は、何かするような、そんな人ではありません!文維は、…文維だけは私のことを本当に分かってくれるのです」 「バカバカしい。お前のことを一番分かっているのは、この私ですよ。お前は心が美しく、人を疑うことを知らないのです。もう包文維とは会うのはよしなさい」  弟の心酔ぶりに、もはや閉口して、煜瓔は改めて煜瑾に文維との別れを命じた。 「絶対にイヤです!今、お兄様と文維のどちらかを選べというなら、私は迷わずに文維を選びます」  どこまでも激する煜瑾に、兄の唐煜瓔は冷ややかだ。むしろ、どんどん冷静さを取り戻していく。 「ふざけたことを言うのではありませんよ、煜瑾。私が傍にいなくては、お前は生きてはいけないでしょう?」 「そんなこと、決めつけないで下さい!私は、他には何もいらないのです。文維がいれば、文維さえ私を受け入れてくれるなら…」  そこで言葉を止め、煜瑾はギュッと唇を噛み締めた。その弾みに、その兄とよく似た美しい眼から大粒の涙が零れ落ちた。  それを、冷淡な唐煜瓔が、じっと見つめていた。

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