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第101話

「!」  冷静な煜瓔(いくえい)は、煜瑾(いくきん)の言葉に、ふと気が付いた。 「では、まだ、包文維(ほう・ぶんい)は、お前の気持ちを受け入れていない?」  兄に指摘され、煜瑾は我慢できずに両手で顔を覆い、泣き顔を見せまいとしながら、それを認めた。 「ま、まだ…私の一方的な想いです。だから、私は文維に相応しい人間になるために、自立したいのです…」  煜瑾の言葉に、ようやく煜瓔は破顔した。心からホッとしたという表情だ。 「はははっ。全く、…心配をして損をしたよ。要するに、お前が勝手にのぼせ上がっていると言うことですね」 「そ、そんな。そんな言い方、いくらお兄様でも酷すぎます」  必死の思いを兄に笑われ、煜瑾は大いに傷付いた。だが、そんな煜瑾の気持ちに気付くことの無い兄・煜瓔だった。 ***  リゾート地区でもある、風光明媚な宝山区に車が差し掛かった。  間もなく広大な(とう)家の敷地に入る。  もちろん、共産主義の中国において、土地の個人所有は認められていない。  なので、ここは唐家の私有地ではなく、名義上、唐家が所有する法人の持ち物となっている。それでも、実質は唐家の兄弟のためだけの自宅だ。  セキュリティチェックのある門を通り、しばらくした後に大きな車回しが見えて来る。その向こうに、租界時代のクラシックな洋館を模した、実は近代的な大きなお屋敷がある。 車は大きく回って屋敷の正面に停まった。  門を通過した時点で連絡が入っているため、玄関の外で(ぼう)執事が待ち受けていた。  停まった車に速やかに近付くと、茅執事がドアを開け、高貴で美しい兄弟を出迎えた。  車内では、当主の唐煜瓔が満足げに笑っており、弟の煜瑾はグズグズと泣いていた。 こんな様子を、茅執事は煜瑾が幼少の頃から見慣れている。  大人しく、自己主張が出来ない一方で、深窓の育ちで気位が高い煜瑾は、幼い頃から気に入らないことがあっても相手と衝突することが出来ず、じっと唇を噛んで我慢するばかりだった。その分、唯一安心が出来る兄の前でだけ、思い切り泣いて感情を吐露できたのだ。  だが、今はその頃とは違うということを、まだ茅執事も真剣には考えていなかった。 「お帰りなさいませ。お疲れでございましょう」  茅執事の差し出した手も無視して、煜瑾は車を飛び出し、玄関に駆け込んだ。  後を追うように下車した煜瓔が、やれやれというように煜瑾の背中に声を掛ける。 「分かりました。1度、包文維とは、私から話してみましょう。彼が、本当にものわかりの良い精神科医であれば、お前の子供じみた熱も、きちんと治療してくれることでしょう」  弟の気が済むようにと、解決を図ろうとした兄に、煜瑾はこれまで感じたことが無いほどの怒りを覚えたのだった。

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