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第102話

 これ以上、我慢の限界だと思った煜瑾(いくきん)は、粗暴な態度で振り返り、大きな声で叫んだ。 「お兄様!あんまりです!これは、私と文維(ぶんい)の問題で、お兄様は関係ありません!」  だが、兄はそんな態度にも淡々として受け流す。まるで子猫のじゃれつきを意にも解さぬ、虎のような泰然とした様子である。 「お前のことで、わたしが関係の無いことなどありません。第一、これはお前と包文維の問題ですらなく、お前1人が幼稚な初恋にのぼせているだけのことではないのかい?」  子供っぽい初恋に浮かされている弟が可愛くてならないという顔で、冷やかすように煜瓔(いくえい)が言うと、煜瑾は煜瓔も見たことが無いような険しい顔で、言い放った。 「お兄様…。私の気持ちも知らないで、お兄様なんて、大嫌いです!」  そう言うと、煜瑾は屋敷の階段を駆けあがり、自室へと飛び込んで行った。 「煜瑾坊ちゃま!」 「放っておきなさい。ただのワガママだ」  心配そうな(ぼう)執事に、さすがに「嫌い」と言われてムッとしたらしい唐煜瓔は、真っ直ぐに部屋へ向かわず、広々とした玄関ホールに展示品のように置いてある、アンティークのソファーセットに腰を下ろした。 「北京から持ち帰ったものがあるから、ここへ運ばせなさい」  唐煜瓔は、不機嫌ながらも、弟や使用人たちのために買って来た北京土産を、そこに並べさせた。  唐家の使用人は、茅執事はじめ勤めが長い。それというのも、煜瓔が彼らを家族のように大切にするからで、こうして出張に出た時は、それがささやかなものであっても皆にお土産を用意するというような細やかな心遣いを忘れなかった。 「何も北京で買うようなものは無かったのだが」  国際都市・上海に生まれ育った唐煜瓔にとって、上海は中国で一番の都市だと思っていて、首都とはいえど、わざわざ北京でしか買えないようなものなど無いと頭から信じている。  それでも、北京限定の老舗の菓子や、京繍とよばれる刺繍製品、骨董品など、北京らしいものを買ってきては「家族」に配るようにしていた。 「おや、お珍しい。北京ダックの真空パック?」  とても煜瓔が購入しそうにないものを見つけて、茅執事は首を傾げた。 「それは、取引先が土産にと寄越したものだ。誰か家族のいるものにあげなさい」  贈り物文化が根強い中国では、唐煜瓔もたくさんの贈り物を持参するが、否応なしに贈り物を受け取って帰ることにもなる。  上海にも北京の有名な北京ダックの支店はあるし、わざわざ真空パックにした土産など必要ないのだが、断るわけにもいかない。 「女中の胡娘(こじょう)に食べ盛りの息子がおります。こういうものは喜ぶかと存じますよ」  納得した茅執事が、適当に仕分けをしていると、車に残っていた最後の荷物を運んできた下男の小周(しょうしゅう)が奇妙な顔をして戻って来た。

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