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第103話
「あの、茅 執事」
「なんですか?」
「タクシーをお呼びになったので?」
小周 の言葉に、思わず茅 執事と煜瓔 は顔を見合わせる。
「そんなことがあるわけないでしょう。旦那さまは今、お帰りになったばかりだというのに」
「ですが、タクシーの運転手が、アプリで呼ばれた、と」
不審に思った茅執事が玄関に向かった、その時、煜瑾 が2階から階段を降りてきた。
その姿に、茅執事はハッとする。
「煜瑾坊ちゃま、いけません」
煜瑾は、決意を固めた表情で、身の回りの物を持って出ていこうとしていた。
すぐに、見咎めた茅執事が駆け寄り、慌てて引き留める。
「煜瑾さま、お待ちください!そんな、急に出ていくなどと、間違っておいでです」
「止めないで、茅執事!私は、私が思うように生きる権利があります!今夜は、静安寺のアパートに泊ります!」
弟のワガママに、うんざりした顔をして、煜瓔は立ち上がった。
「いいかげんにしなさい、煜瑾。1人で騒いで、みっともないとは思わないのか」
「お兄様には関係ありません!」
まるで駄々っ子のようだ、と煜瓔はさすがに呆れてしまう。
「まだそんなことを言って!私には関係が無いと言うなら、今からお前が行こうとしている部屋は、誰が用意したと思っているのか」
「そ、それは!」
月に6万元もする高級レジデンスにかかる諸費用まで、全てを兄・煜瓔が支払っていることを、煜瑾もよく承知している。あの部屋の家具や家電を揃えた時も、選んだのは煜瑾自身だが、支払いは全て兄の名義のカードだったのだ。
分かってはいても、もう今さら煜瑾も引き返せない。
「それでも、お兄様は横暴です。お兄様は、私をペットか何かだと思っていらっしゃるのです。私は、人間です!自分のことは自分で決める権利があります!」
「いい加減にしなさいっ」
その瞬間、まるで時間が止まったように、シンとなった。
煜瑾の左頬は音高く鳴り、右手を振り切った煜嬰は、興奮のためか肩で息をしていた。
そして、すぐに我に帰った兄は、赤くなった弟の頬を見て、戦慄した。
「い、煜瑾!済まなかった。そんなつもりではなかった。痛かっただろう?」
「お兄様なんて、大嫌いです!もう、顔も見たくありません!」
ショックで涙を浮かべたまま、煜瑾は玄関を飛び出し、呼んでいたタクシーに乗って去ってしまうのだった。
***
「静安寺 の嘉里中心 ですか?」
タクシーのドライバーがアプリで予約された行先を確認した。
「いいえ。変更します。北 外灘 のアパートへ」
煜瑾はアドレスを確認し、地図アプリで行先をドライバーに見せた。
了解したドライバーは黙って料金メーターを倒した。
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