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第105話

 文維(ぶんい)の胸に抱かれ、2人でソファに身をもたせながら、ボンヤリしていた煜瑾(いくきん)だったが、不意に口を開いた。 「迷惑、では無かったですか?」  叱られた子供のような心細い顔をする煜瑾に、文維は余裕のある大人の笑みで応える。 「迷惑なんて、あるはずない」  端的にそれだけを言って、文維は煜瑾が安心するよう、その額に口づけを落とす。 「煜瑾、夕食はまだでしょう?」 「…はい。でも…」  食欲など無いと言った目をした煜瑾を、文維が先に制する。 「私も、これから夕食です。付き合ってくれますね」  優しくそう言われては、煜瑾も素直に従わざるを得ない。 「はい。私でよろしければ…」  遠慮がちな煜瑾に、もう一度キスを与え、文維は立ち上がった。 「では、私は食事の支度をしてきます。ついでに電話で用を済ませますが…」  ここで文維は腰を屈め、煜瑾の顔に近付くと、コツンと額と額を重ねた。 「煜瑾も、電話をするなら、今のうちに済ませておくといいですよ」  決して自宅に電話をしろと強制するのではなく、煜瑾の機嫌を損ねないよう、と婉曲に表現してくれる文維の思いやりが煜瑾には嬉しい。  それでも、煜瑾は自分から兄や執事に電話をするつもりは無かった。  文維がキッチンに去ったのを見送り、煜瑾は逆に電話が掛かって来るのではないかと不安になる。すぐにスマホを取り出すと、ちょっと迷った末に、電源を切った。  キッチンで、冷蔵庫を開けた文維は、冷凍から低温解凍ができた、日本の「柿の葉寿司」というものを取り出した。  日本帰りの従弟の羽小敏には、上海に暮らす日本人の友達も多い。  そんな友人たちから珍しい日本製品を贈られたり、日系デパートの催事情報などを貰って日本留学時代に気に入っていたものを買いに行ったりすることも少なくない。  そんな小敏からのお裾分けが、時々文維のところにもやって来るのだ。  今回の「柿の葉寿司」も、日系デパートの「関西展」で買って来たという。  以前は「日本食品展」など日本全体の催事が一般的だったが、日本への旅行者も増え、認知度も高まったため、むしろ地方色豊かな催事の方が、地元上海の人間にも人気だった。  このようなイベントの企画や手配に関わる仕事をしているという、小敏の友人が、小敏の好きそうな店が参加する時には事前に知らせてくれるらしい。 (う~ん、この葉っぱは食べないんだっけ?あれ?葉っぱごと食べる?)  以前に包んである葉ごと食べるという和菓子を、小敏からもらったことがある文維は、ちょっと迷って小敏にチャットで質問した。 (柿の葉寿司って葉っぱも食べるの?)  すぐに返事が来た。 (食べられる物なら食べてみたら?だって?)  そのふざけた返事に、悪戯好きな小敏らしさを感じる。呆れた文維だったが、意図は理解したので返信はしなかった。  そして、スマホを手にしたついでに、文維は思い切って電話を掛けることにした。

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