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第107話
「さあ、煜瑾 。珍しいものをいただきましょうか」
文維 がキッチンから運んできた、緑の葉に包まれた細長いものに煜瑾は目を丸くした。
「これは…?」
さすがの唐 家の者でも、日本の「柿の葉寿司」までは知らなかったようだ。
文維は、大皿に並べた「柿の葉寿司」に、お湯を注ぐだけのインスタントのお味噌汁、それに電子レンジで解凍した紅焼肉 を運んだ。
「ゴメンなさい…。何にもお手伝いをせずに」
目の前に当たり前のように料理が並んで、初めて煜瑾はこれを文維が1人で用意したことに気付いた。
「いいんですよ。今夜の煜瑾は、私のお客様だから」
そう言って優しく微笑む文維にホッとしながら、煜瑾は、いつか「お客様」でなくなる日が来るのかな、とちょっとドキドキした。
「さあ、煜瑾、いただきましょう」
「これは、どのようにいただくのですか?」
珍しい食べ物に、煜瑾の機嫌も直ったらしく、食欲も出たようだ。
「これは、殺菌効果のある柿の葉で包んだ、お寿司ですよ。ほら、中はサーモンだ。煜瑾はサーモンのお寿司は好きですか?」
「大好きです。お寿司の中ではサーモンが一番好きです」
素直にそう言って、柿の葉を外したサーモンのお寿司を、煜瑾は文維から手渡された。嬉しそうにそれを口に運ぶ。
「良かった。それと、煜瑾は、紅焼肉が好きでしたね」
「覚えていてくれたのですか?」
煜瑾は、文維が自分のことを、何でも覚えていてくれるようで、嬉し過ぎて浮足立つ。
そう言えば、高校時代の好みだった、アールグレイのミルクティーやアルプスキャンディも覚えていてくれたのを思い出した。
嬉しくてドキドキと胸の高鳴りが抑えきれない煜瑾だったが、ふと、かつて親友・羽小敏 の言ったことが浮かんだ。
「ボクに関心が無いのかなあ、って思ったんだ」
好きな人に関心を持ってもらうことの大切さを、あの時の小敏の物足りない想いを、煜瑾は今ようやく理解した気がした。
「『小敏がそうしたいなら』と言われたから、かなあ」
「なんか、ズルいなあって思ったら、ボク自身、本当に文維が好きなのかどうか分からなくなって、別れちゃったんだよ」
小敏が言った「ズルい」という言葉の意味も、何となく分かった気がした。
決めるのは煜瑾だと、先ほど文維も言ったけれど、それは小敏が言っていた「ズルい」とは違うと煜瑾は感じる。
きっと小敏は、小敏の決断を尊重する言い方で、その実は責任逃れをされたように感じたのだろう。
今の煜瑾には、それが文維ではなく、むしろ兄・煜瓔や茅執事のことだと思われた。
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