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第108話

「どうしました、煜瑾(いくきん)?」  急に黙り込んだ煜瑾を心配して、文維(ぶんい)は顔を覗き込む。  ハッと我に返って、煜瑾は慈愛深く自分を見つめる文維の視線に気付き、陶然となった。 (この人が、好きだ)  それだけで煜瑾は胸いっぱいに、温かで豊かで幸せな気持ちが広がる。 「食事の後、煜瑾に大切な話があります。いいですか?」 「は、はい…」  急に真剣な顔になった文維に、煜瑾は胸の鼓動が早くなる。  もし、今夜、文維に何かを求められたとして、断る自信が煜瑾には無かった。  簡単な、それでも煜瑾には文維の心がこもったステキな夕食を、もうすぐ食べ終わるかと言う頃、文維が席を立ち、冷蔵庫の隣の食料戸棚をゴソゴソし始めた。  そこには、従弟の羽小敏が、自分が来た時に食べる用だと言って、幾つかのお菓子を置いているのだ。 「文維も食べていいからね」  気前のいいことを小敏は言っていたが、特に甘いお菓子は食べない文維にとっては迷惑な話だった。しかし、今夜はそれが役立ちそうだ。  一番、賞味期限が短そうなパイナップルケーキと、細長いプレッツエルにチョコレートとナッツをコーティングした日本の駄菓子を見つけ、文維は戻った。 「あ!このパイナップルケーキは、台湾のお店のですね」  パッと煜瑾の顔が明るくなった。文維の思った通り、有名なこのケーキは「唐家の王子様」もお気に入りのようだ。 「食後に、お茶をいれますね。もう8時ですから、カフェインの入った飲物はやめましょう」  そう言われて素直に頷いた煜瑾だったが、このパイナップルケーキと兄の好きなコーヒーは良く合うのに、と少し残念に思った。 「あれ?コーヒーか、紅茶がいいですか?」  しかし、優秀なカウンセラーである文維に、煜瑾は隠し事が出来なかった。 「このパイナップルケーキには、コーヒーが合うのです」 「では、これは明日の朝、いただきましょう」  すると意外なことに、文維は箱に入ったパイナップルケーキをさっさと取り上げ、小敏のお菓子置き場に片付けてしまった。  美味しいお菓子を取り上げられ、ちょっと煜瑾はガッカリする。 「代わりに、これはいがかですか?」  それは日本の「カステラ」と言う、シンプルではあるが、コクがあり、飽きのこない、老若男女に好かれるケーキだった。

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