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第109話
カステラが有名なのは、100年以上前から日本の国際貿易港があった、長崎や神戸なのだが、これは小敏が日本の友人からお土産としてもらった、珍しい京都の老舗カステラ店のものだった。
「このカステラというケーキは、ホットミルクにとても合うのですよ」
デコレーションも何もない、見すぼらしい、ただのスポンジケーキにしか見えないのに、文維が得意そうに話すのを煜瑾は不思議に思いつつ、これも素直に頷く。
こんな純真な煜瑾に、文維はますます不安になる。それを忘れるためにも、文維は急いでキッチンに戻り、カステラを切り分け、心の中で小敏に詫びた。
(このカステラは、友達が京都に帰省した時のお土産でしか食べられないヤツなんだからね、ボクの居ない時に食べちゃダメなヤツだよ!)
上海でも買える、甘味を控えた日本のカステラなら、甘いお菓子が苦手な文維でも食べることが出来た。そのため、わざわざこのカステラを小敏は持って来てくれたのだが、希少な品であるだけに勝手に食べないように、厳しく言われていた。
それを、煜瑾のためとは言え、無断で食べたとなると、また従弟のご機嫌を損ねてしまうことを文維は分かっていた。
それでも文維は煜瑾のために、一切れのカステラとホットミルクを用意して、リビングのソファに2人して並んで座った。
「さあ、試しに召し上がれ」
文維がカステラを勧めると、煜瑾は迷ったような顔をした。
「あの…文維は、召し上がらないのですか?」
小敏の大事なカステラを2切れも食べて、後から文句を言われることを怖れたわけではないが、文維は煜瑾の分だけを用意していた。
「私は…ほら、甘いものは…」
文維が、ほんの少し困った笑いを浮かべると、煜瑾は渋々納得したような顔になった。
「この後、とても大切なお話があります。まずは、お茶とお菓子でリラックスして下さいね」
文維は穏やかな声で煜瑾に話し掛ける。その「お話」に不安を覚えない煜瑾ではなかったが、カステラの甘い香りに、つい手を伸ばしてしまう。
そんな様子を、紅茶の代わりに、これもまた、小敏のおススメの、ノンカフェインのルイボスティーを淹れたカップを手にした文維は、優しい眼差して見守っていた。
これから自分が行おうとしていることが、非常に危険を伴うことを知っているにも関わらず、それを微塵も見せずに、煜瑾を怖がらせまいと気遣っていた。
そんな目で見つめられる煜瑾は、落ち着かない。
「あの…。では、遠慮なく、いただきますね」
おずおずと言った感じで、煜瑾は、自分1人が食べることに文維に気兼ねをしつつ、カステラに添えられたフォークを入れた。
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