「え！」 　その柔らかさ、しっとり感に、煜瑾(いくきん)は、まず驚いた。スポンジケーキなら、もっとサクッと切れるはずだと思っていた。 　急に期待値が高まり、瞳を輝かせて煜瑾は、カステラを一口、その上品な口元へ運んだ。 「わあ～、良い香り～！それに、しっとり、もっちりして、コクがあって…すごく美味しいですね！」 　初めてのカステラに大興奮した煜瑾は、キラキラした目で文維(ぶんい)の顔を見た。 　その笑顔が文維も嬉しくて、目を細めて頷いた。 「煜瑾のお口に合って良かったです」 　鑑賞するように煜瑾を見ていた文維だったが、その視線の慈愛に気付いた煜瑾は、恥ずかしそうに頬を染めた。 「あの…、文維？」 　モジモジしながらも、煜瑾はちょっと小首を傾げて、上目遣いで文維の様子を窺った。 「何ですか？」 「カステラ…そんなに甘く無くて、とっても美味しいですよ」 「？あ、ええ…？」 　先ほど言ったことを繰り返す煜瑾を訝しく思い、文維は煜瑾を凝視してしまう。 「ひと口、味見して下さい」 　そう言うと、煜瑾は一口分をフォークに刺して、文維の前に差し出した。 　親友の羽小敏とは、平気でケーキを分け合ったりもするのに、今の煜瑾は、文維にフォークを向けただけでドキドキしてしまった。 「あの…、あの、イヤなら…」 「…」 　気が付くと、文維が睨むような厳しい眼差しで煜瑾を見ていた。 （怖い…） 　その真剣な視線に、煜瑾はなぜかゾッとしてしまった。こんな険しく、射抜くような文維の視線を煜瑾は知らない。 　そんな煜瑾の怯えた表情に気付き、ハッと我に返ると、文維はいつものように表情を緩めた。 「ありがとう」 　そう言って、文維は煜瑾の手からフォークを受け取った。自分の手のフォークから直接に文維が食べてもらう、甘いシチュエーションを期待していた煜瑾は、残念そうな表情を隠せない。 「美味しいですね」 　単調にそう言って、文維は煜瑾にフォークを返した。 「……」 　黙ってそれを受け取った煜瑾は、そのまま俯いて唇を噛んでしまう。それは、内気で人と上手に関われない煜瑾の高校時代からのクセだった。言いたいことがあるのに、口に出せない気位の高さが「唐家の王子様」にはある。 「どうしました？」 　心配そうに声を掛ける文維に、煜瑾は顔も上げずに呟く。 「怒っているのですか？」 「え？」 「文維は、今夜、急に訪ねてきた私を、怒っているのですか？」 　心細い様子で煜瑾が訊ねる。それに気付いた文維は、可哀想なことをしたと胸を痛めた。