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第115話

「後は…、おそらく、文維の、ご想像の通りの事です。私は、あの白人の汚らしい男に…乱暴されました。…あの汚れた手で、服を脱がされ、体に触れられ、酒臭い息で口を塞がれました」  名家の「深窓の宝物」として、何よりも大切に育てられた煜瑾にとって、それはどれほど恐ろしいことだったか、想像も及ばない。  それまでの煜瑾は、人間に「悪意」というものが存在することさえ、知らなかったはずだ。暴力などと言うものから、もっとも遠いところに居た煜瑾が、突然に恐ろしい獣に襲われたのだ。 「煜瑾…大丈夫。私が、ここにいますよ」  文維はそう言って、震えが激しくなった煜瑾を強く抱いた。 「私は…、私は…」  煜瑾は、またも恐怖に駆られてパニック発作を起こし掛けていた。 「いいのですよ、煜瑾、それ以上は…」  本来であれば、何もかも、受けた暴力の詳細までも打ち明けさせるのがカウンセリングの手法としては望ましいが、文維はこれ以上恋人を苦しめることは忍びない。  ここまで来た以上、今、煜瑾からの過去の聞き取りをやめると、次回、同じところから続けることが難しくなり、カウンセリングとしては失敗になる。  だが、医師としてではなく、人を想う一人の男として、包文維はこれ以上続けることを諦めた。 「文維…、文維…、怖いです。もう、あんなことは起こらないと分かっているのに、怖いのです。怖くて、…息が出来なくなるのです。もっと…、もっと文維にも触れて欲しいのに…、怖くて…」 「煜瑾…」  泣きじゃくる煜瑾の悲痛な訴えに、文維は言葉を失った。 「イヤです。こんな私は、もうイヤなのです。ずっと見えないモノに怯えて、好きな人にも、心から好きだと言えないのです」 「それは…、煜瑾」  煜瑾は濡れた瞳で、文維を見つめた。  それは見慣れた、美しく無垢な黒瞳ではなく、熱を帯び、艶めかしい欲望を秘めた、悩ましい大人の眼差しだった。 「文維の笑顔を見ているだけでも、一緒にお話出来るだけでも、抱き締めて、く、口づけされるだけでも、幸せです…。でも…、本当は、…」  その先を煜瑾に言わせるまでも無かった。お互い、同じ気持ちだと言って良かった。  愛しているから、愛して欲しいから、全てを与え、与えられたいのに、それが出来ない口惜しさがあった。 「文維、私を…救って下さい。そして、私を…、文維の…、文維の本当の恋人にして下さい…」 「煜瑾…」  優しく、心弱い煜瑾の苦しみを救いたいと、文維も切実に思う。自分に出来ることなら、煜瑾を過去から解放し、純真な魂を持つ高潔な煜瑾に相応しい生き方をして欲しいのに…。 「文維…。何もかも、文維にお話します。そうしたら、私は…、私は変われるのでしょう?」

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