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第117話
「入院した翌日、犯人のDNAに該当者があったとして、警察の人が来ました。その時に初めて、私も弁護士も、私の個人情報が本人の許可なく警察の手に渡っていたことを知ったのです」
警察の言い分は、当時の煜瑾 は着の身着のままで、年齢や身分を示すものが無く、未成年の外国人孤児の可能性があるとして、許可なく捜査を進めたとのことだった。
「私は弁護士の立ち合いの下で、警察に写真を見せられました。それは…死体の写真で…、あの犯人の白人の男でした」
「犯人が、死んだ?」
煜瑾が助けられた木曜の朝に、身元不明の死体として運び込まれた男の死体は、その日の午後にはDNAが一致したとして、煜瑾を襲った犯人と見做され、警察は病院まで煜瑾に確認を求めに来たのだった。
心身が弱り切った煜瑾に不気味な死体の写真を見せ、犯人の顔を特定させ、痛めつけた警察は、まるで煜瑾が男を殺したかのような態度だったという。その場に弁護士がいなければ、煜瑾は何も分からぬまま警察に連れて行かれたかもしれない。
結局、警察は2人組の誘拐犯が身代金を手にしたものの、仲間割れを起こし、中国系の犯人が白人の男を殺し、身代金を持ち去ったのだと結論付けた。
傷付けられた煜瑾は、病院ではずっと泣いていたという。
金曜には親戚の家に戻り、土曜には上海へ戻る飛行機に乗るはずだったが、入院中の身ではそれもかなわなかった。
煜瑾はひたすら兄に知られることを拒み、予定通りに帰国することを望んだが、思うようにならず、ようやく煜瑾が、唐家の英国本家のカーン弁護士の付き添いの下、上海への帰国便に乗ったのは日曜の午後だった。
1日半の帰国の遅れを、カーン弁護士がなんとか言いつくろい、英国での暮らしは煜瑾には合わないとして、留学は取りやめになった。そのことを、兄の唐煜瓔 は残念がるよりも、最愛の弟をいつまでも自分の手元に置けることになったと、むしろ喜んだ。
煜瑾は初めての1人での海外生活に疲れが出たとして、何日も自室に閉じこもり、兄の唐煜瓔を心配させたが、煜瑾を手放さずに済むことに満足してそれ以上の詮索もしなかった。
それでも、引きこもっている間に勉強をしたせいか、6月の大学試験には合格し、煜瑾は無事に羽小敏と同じ大学に進学したのだった。
それからは、何事もなかったかのように学生時代を過ごし、それ以降は兄の庇護の下、安全な世界の中だけで生きていくことを選んだ煜瑾だった。
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