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第119話

 煜瑾(いくきん)が目を覚ますと、そこは文維(ぶんい)のベッドの上だったが、文維の姿はない。  昨夜はあれから文維に薦められ、シャワーを使い、持参したパジャマに着替え、文維のベッドで、1人で眠った煜瑾だった。  文維はおそらくリビングのソファで寝たのだろう。  自分がいきなり押しかけたばかりに申し訳ない、と煜瑾は思った。  身を起こし、周囲を見回す。  きちんと整頓され、一方の壁に大きな書架があり、難しそうな医学書が並んでいる。知的な文維らしい寝室だ。  シンプルなグレイと白の細いストライプのシーツに、濃淡のあるグレイのベッドカバーは無機質だが、それがクールな文維らしいとも言える。  カーペットは無地のキャメルブラウンで、全体のバランスからすると、ちょっと物足りない気もする。  煜瑾はふと思った。 (私なら、いっそ華やかな柄のペルシャカーペットにするかな。色も、せめてブルー系。文維が嫌いでなければ、赤やグリーンもいいな)  自分なら、もっと文維に相応しい部屋にしてあげられるのに、と煜瑾は思い、そして急に恥ずかしくなる。 (わ、私が住むわけでも無いのに…)  煜瑾は1人頬を染め、ハッといつまでもパジャマ姿ではいられないと気付く。  寝室に続くバスルームで、見た目には傷一つない玉麗の裸身をシャワーでスッキリと目覚めさせた。  持参した下着はこれが最後で、あとは嘉里中心(ケリー・センター)のレジデンスまで取りに行かなければならない。  持って来た荷物の中から、煜瑾は、ディオールのベビーイエローのシャツブラウスに、お気に入りのポールスミスのモスグリーンのフラワーモチーフのパンツ、ソックスはサンローランのパステルイエローを選んだ。何か、この上に羽織るもの…と荷物を探したが、急いで荷造りをしたせいで思うようなものがない。  ちょっと困った煜瑾だったが、目の前のクローゼットに気付いた。寝室のクローゼットと言えば、文維の普段着が並んでいても不思議では無い。  好奇心も相まって、煜瑾はそのクローゼットをソッと開いた。 (わあ…)  まず目につくのはズラッとならんだダークカラーのスーツだ。どれも細身で、いかにも文維に似合いそうなクールなスタイルだ。 (あ、これ…)  その中の1着に見覚えがあった。  文維に助けられた夜、彼が来ていたダークブルーのポールスミスのスーツだ。思わず手に取った煜瑾は、そこにまだ文維のオードトワレの残り香を感じた。  少しムスクを感じさせるウッディノートは大人の男らしさを感じさせる。  これほどス洗練されたなセクシーな男から、望まれたのだと煜瑾はようやく意味の重さを認知する。  ドキドキしながら左手の小さな引き出しを開けると、そこには色様々な下着が小さくたたまれて並んでいて、煜瑾は慌てて引き出しを閉じた。  息を整え、右手の大きめの引き出しを開けると、そこには煜瑾が探していたニットのセーターやカーディガンがふんわりとたたまれて入っていた。  その2番目に見えたダークブラウンのバーバリーのカーディガンを取り出すと、一瞬迷ったものの、煜瑾はそれを身に付けた。 「あれ?」  華奢な煜瑾から見て、それほど大差ないと思っていた細身の文維だったが、その体に合っているはずのカーディガンは、煜瑾が着ると随分と肩の線が落ちてしまう。ちょうど彼氏の服を借りた少女のように、タプンと一回り大きく余ってしまうのだ。  全体の色合いはまとまったと思うのだが、文維の体のサイズが煜瑾には意外だった。 (文維って、見た目よりずっと逞しいんだ…)  そう思った時、煜瑾のレジデンスで、玄紀(げんき)と酔いつぶれた煜瑾を、文維が抱きかかえて寝室まで運んだという小敏の話を思い出した。  それまで何とも思わなかった文維の体が、急に生々しく感じられ、妙に落ち着かない煜瑾だった。

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