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第120話

 昨日と同じ、ブラウンのツイードとバックスキンの、バイカラーのクラシックデザイン靴を履き、キュッと靴紐を結んだ煜瑾は、なんだか今朝の自分は、昨日までの自分とは違うような気がした。  文維の寝室から出ようとドアに手を掛けた時、リビングの方から声が聞こえた。テレビかな、と思った煜瑾だったが、よく耳を澄ませるとそれは聞き覚えのある親友の声だった。 (どうして、小敏がこんな朝から?)  ふと時計を確認すると時間はもう10時を過ぎていた。  土曜日なので、ブランチの約束でもあったのだろうかと気にせず寝室から出ようとした時に、会話の内容が聞こえた。  それが、自分に関係することだと気付いた煜瑾は、その場から動けなくなった。 「なるほどね。それで、禁じ手とは言え『治療のために恋人のふり』をするってことなのか~。それで納得したよ」 「それで、煜瑾を救えるなら、私はどんな手段でも使いますよ」  小敏の言った「恋人のふり」という一言に、煜瑾は戦慄した。文維の言う「手段」という言葉にも激しく反応する。 (どういうこと?文維が好きだと言ってくれたのは、治療の手段として恋人の振りをするためだということ?)  煜瑾は混乱してしまい、軽い眩暈を覚え、ドアを支えにした拍子にドアが少し開き、リビングのソファで並んで座っている小敏と文維の後ろ姿が見えた。 「ボクに出来ることなら、なんでも手伝うよ。文維は大事な人だからね」  そう言った小敏は、文維の首に腕を回し、楽しそうに頬に口づけた。  そのあまりにも自然な動きに、煜瑾はショックを受ける。 「ああ、何とも心強いことだね」  そして、笑ってそれを受け止める文維に、嫌がる素振りは無かった。  仲睦まじい2人の様子を見せつけられ、煜瑾はすっかり動揺していた。  そして、1つの事に思い至ってしまう。 (文維が優しくしてくれたのは、本当に恋人になりたいからではなく、やはり治療の一環だったのですね…)  先ほどまでの晴れやかな気持ちは一瞬で消え失せ、煜瑾はこれまで以上に絶望に陥った。  煜瑾は、思い出したように、ベッドサイドに戻り、自分のスマホを手に取った。 「煜瑾?」  ドアが開き、背後から文維に声を掛けられた煜瑾は、怯えたようにビクリとして振り返った。  その様子を意外に思いながらも、文維は優しい笑みを浮かべて煜瑾に近付いた。 「おはよう。ゆっくりと眠れましたか?」  文維は何の変わりもないように近づき、躊躇なく煜瑾を抱き寄せ、いつもと同じようにキスをしようとする。  その腕から身を捩り、煜瑾は明らかに拒絶の意志を見せて逃げた。 「…もう、こんなこと終わりにして下さい」 「煜瑾?」  煜瑾の異変に、文維は思い当たることがあり、それ以上手を伸ばすことが出来なかった。

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