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第121話
「ごめんなさい。小敏 が、あなたにキスするところを見てしまいました」
「あんなのは…、いつもの小敏がふざけているだけで、何の意味もありませんよ…」
何でもないことだと笑いながら言う文維 だが、煜瑾 の表情は硬い。
「結局、文維の中には、まだ小敏がいます。私は、1人の人が、同時に2人の人間を愛せるなど信じられません。あなたの中に小敏がいる以上、私はいつか捨てられる。そんなことは耐えられません」
思い詰めた様子の煜瑾に、驚いた文維は慌てて手を伸ばす。
「それは違いますよ、煜瑾」
だが、その手を煜瑾が冷淡な態度で払った。
「いいのです。嘘でもあなたの恋人でいられた瞬間があったことは、幸せでした」
「誤解しています、煜瑾。私は、本当に君を…」
「初恋は叶いました。もう充分です」
そう言って煜瑾は、擦り切れたような倦んだ表情で文維を驚かせた。
「お兄さまの下へ帰ります」
「煜瑾!」
引き留めようとした文維の手から身を翻し、小走りに煜瑾は寝室を出た。
「おはよう、煜瑾!どうしたの、今日の服、メチャクチャ可愛いじゃないか~!」
そこに立っていた、屈託のない小敏の言葉も、今の煜瑾は素直に受け止めることが出来なかった。
ただ、涙が浮かぶ目で一瞥するだけで言葉も出ず、そのまま煜瑾は文維の部屋を飛び出していった。
「え?何?どうしたの、文維?」
ビックリして目を丸くした小敏が文維に問いかけるが、文維は厳しい表情をしてベッドを見詰めたまま微動だにしない。
「何してるんだよ!早く煜瑾を追いかけなきゃ!」
慌てた小敏が従兄を急かすが、文維はまだ動かない。そしてやっと深い呼吸を1つして、小敏に答えた。
「無理だ。煜瑾に嫌われてしまった…」
「何?どういうこと?」
珍しく文維が感情を顕わにして、悔しそうに唇を噛んだまま、ベッドの端に腰を下ろした。
「私が悪いのです…。時期尚早だったのに…」
グッと握った拳に、小敏は、文維がこれほど自分自身に怒りを感じている姿を見たことが無かった。
「文維…」
「私がいけなかった…。まだ、煜瑾の心の準備が出来ていないのに、私は…。煜瑾を抱きたいと口にしてしまった…」
「それは…」
煜瑾に何があったのか、小敏は詳しくは知らない。けれど、何となくは察していた。理由は分からないが、煜瑾は他人に触れられるのがイヤなのだ。文維の事をあれほど慕っているのに、肌を許すことが出来ないのだ。
それは小敏には分かり得ない感覚だが、煜瑾が苦しんでいるのは確かに分かっていた。
「でも…、煜瑾だって、それを望んでいないわけじゃ無かったよ」
一緒に買い物に行って、たくさん話をした小敏は、煜瑾の本心を分かっているつもりだった。
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