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第123話

「私を、…疑う?」  意味が理解できず、呆然と包文維(ほう・ぶんい)が呟くと、唐煜瑾(とう・いくきん)は震える声で答えた。 「だって、私の治療のために恋人のふりをしてくれたのでしょう?」 「違う!」  文維は、煜瑾の急な態度の変化の意味を理解し、反射的に否定した。 「違います、煜瑾」 「いいえ!あなたと小敏が、そう言っているのを聞きました」  まさか煜瑾が、あの会話を聞いていたとは思わなかった文維だった。あんなこと、煜瑾には決して聞かせてはならないものだったのに。迂闊な自分に文維は腹が立つ。 「それは、誤解なのです」  何とか本来の意味を説き聞かせようと思うが、煜瑾は聞く耳を持たない。 「誤解だとしても、もうイヤなのです。これ以上文維を好きになるのが怖いのです。もう、許して下さい」 「そんな…煜瑾…」  明らかに、電話の向こうで煜瑾は泣いていた。  あの無垢で可憐な笑顔を浮かべていた美しい唐煜瑾が、ようやく見え始めた光に手を伸ばした途端に暗闇に、それも、これまでよりも深い暗闇に突き落とされた涙だった。  それが痛いほど分かるだけに、文維はどうしても煜瑾を救いたいと思った。それが出来るのは、自分だけだと分かっていた。 「ありがとうございました。もう、クリニックにも行きません」  泣きながら、絶望の色を滲ませたかすれ声で煜瑾は言った。だが、それだけは文維も承知できない。今、煜瑾の手を放してしまえば、もう取り返しがつかないのだ。  煜瑾の未来も…。  文維の未来も…。  そして、2人の未来も失われてしまう…。 「ダメだ!煜瑾。お願いだから、カウンセリングだけは続けて下さい」  文維自身、自分の感情がどんどん昂り、冷静に物事を考えられなくなっていくのを感じていた。これまでの沈着冷静な自分が、感情に振り回され、小敏が言ったように惨めな姿を晒すことになりそうで不安になる。 「無理です。…好きな人を前にして、どうしていいか分かりません…」  煜瑾の涙ながらの振り絞るような声が、文維を苦しめる。こんな風に泣かせてしまったのは、自分が悪い。どうしても自分のこの手で煜瑾を、愛する人を救いたい…。 「まだ私を好きだと言ってくれるなら、なぜ別れる必要があるんですか!私も君を、唐煜瑾を愛しています。煜瑾だけです!こんなに、誰かを愛したことは無いのです。君を、手放したくない!」  気付けば、感情的に叫んでいた。こんな風に感情をコントロールできない自分は、みっともなく、情けないと文維は思う。けれど、煜瑾の苦しみを思えば、何でもないことだ。文維は、煜瑾のためならば、どんなにみっともなくとも、情けなくとも、惨めな姿であっても、全てを受け入れる覚悟が出来ていた。 「ごめんなさい…」  だが、そんな文維の覚悟さえ、煜瑾には届かなった。 「今は…もう、…その言葉さえ、信じられないのです」  そのまま、あの聡明な包文維が言葉を継げず、煜瑾は電話を切ってしまった。

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