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第125話
「…それほどに、包文維 さまをお慕いなのですか?」
茅 執事が静かに訊ねた。
「何も…、話したくありません」
それだけ言うと、煜瑾 は、ゆっくりと起き上がり、涙を拭った。
「包文維さまに、拒まれたのですか?」
ぐったりしている煜瑾に茅執事は手を伸ばしてタオルを取り、涙を拭いた。乱れた髪を直し、励ますように背中を撫で、パイナップルジュースのグラスを口に運んだ。
それを素直にひと口飲んで、落ち着いた煜瑾は泣きすぎて掠れた声で小さく言った。
「それは…。それは仕方がないことです。私では、文維に愛される資格が無かったと言うことです…」
そう言いながら、煜瑾の魅惑的な黒い瞳がもう涙で潤んでいる。
「まさか!煜瑾坊ちゃまに、資格が無いことなどあり得ません。これほどにお美しく、お優しく、お心の綺麗な、唐家の至宝でございますのに…」
茅執事は、ベッドの端に腰を下ろし、心弱い煜瑾の肩を抱き、柔らかな髪を何度も撫でた。
「煜瑾坊ちゃまがお泣きになると、私どもも悲しくなります。このお屋敷で働く者みんなが、坊ちゃまの事を好きなのですよ。みんな、煜瑾坊ちゃまの幸せを願っているのです。誰一人として、煜瑾坊ちゃまの泣き顔は見たくないのです」
まるで幼い子供をあやすように、茅執事は煜瑾を優しく、優しく慰めた。
「私には…、人に愛される資格なんてない」
「とんでもございません。煜瓔 さまも、私どもも、そして…包文維さまも、羽小敏 さまも…、皆さまが煜瑾坊ちゃまの事を愛しておられます」
茅執事が静かにそう言うと、煜瑾がビクリと反応した。
「文維…、文維が…」
堪え切れずに煜瑾は泣き出し、茅執事の胸に縋った。
「包文維さまは、同じ高校の大事な後輩として、従弟 の羽小敏さまのご親友として、煜瑾坊ちゃまを愛しておられますよ」
「…だから、治療してくれたのです…ね…」
虚ろな表情で煜瑾はそう言った。
「坊ちゃま?」
「文維が、私を好きだと言ってくれたのは、全て治療のためだったのです。私を信頼させ、安心させるための嘘だったのです!」
そう叫んで、煜瑾は茅執事から離れ、またベッドに身を投げ出し、枕を抱き締めて声を上げて泣いた。
「…治療のために、恋人を演じていると、包文維さまがおっしゃったのですか?」
静かに言った茅執事の言葉に、煜瑾はハッと顔を上げた。
「知っているのですか?」
「今朝、煜瓔さまが、包文維さまにお電話されておられました」
「お兄様が?」
茅執事は黙って頷き、もう一度煜瑾の涙を拭いた。そうしながら、言葉を続ける。
「煜瑾さまが、包文維様に…患者以上のお気持ちを抱いておられると、煜瓔さまが問い質されて…。それに対し、包文維さまは、決して医師としての一線を越えることはないと。恋人のように接することで、治療しているのだと…おっしゃったご様子でした」
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