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第126話
リビングのソファで眠っていた文維 は、早朝のメールが来る前に目覚めていた。早朝メールは、従弟 の羽小敏 からで、今から行くという内容だった。
騒がしくして、煜瑾 を目覚めさせることのないように、文維は玄関の鍵を開け、静かに朝食の支度を始めた。
「おはよ~」
事前に伝えていたこともあって、小敏は声をひそめて文維のアパートの部屋に入って来た。朝食の準備中の文維は、キッチンでそれを迎えた。
だが、顔を見るなり、文維は煜瑾のキラキラした眼にイヤな予感がした。
「昨日の夜は…」「ソファで寝ましたよ」
好奇心いっぱいの小敏が何かを言い出す前に、文維は先制した。
すぐに小敏は不満そうな顔をするが、まだ諦めない。
「ねえ、煜瑾を泣かせた?」
「小敏!」
真面目な顔をして従弟をたしなめ、作りかけのフルーツサラダの、カットしたバナナを小敏の口に放り込んだ。
嬉しそうにモグモグして、小敏は自分でコーヒーを淹れ始める。
「煜瑾、初めてだったんでしょう?」
「まだ言うか、この口は!」
文維は、怒った顔をして、キュッと小敏の唇を摘まんだ。
「やめてよ~」
子供のように手を出し合い、朝から楽しく遊んでいると、文維のスマホが鳴った。
「!」
掛けてきた相手を見て、一瞬怯んだ文維だったが、すぐに人差し指を口元に当て、小敏に静かにするよう指示してから、電話に出た。
「はい。包文維です。おはようございます、唐煜瓔 お兄様」
その名に、小敏はギョッとするが、声は出さない。ただ、そっと聞き耳を立てることは忘れない。
それを察した文維は、さりげなくキッチンを出てリビングのソファに向かう。
「はい。煜瑾は私の寝室でまだ休んでいます。私は、昨夜はリビングのソファベッドで休みました。ご懸念のような間違いは起こしておりません」
キッチンに隠れるようにして、それを聞いた小敏は目を丸くした。
(「あの」文維が、「あの」煜瑾に手を出してないって、マジか~?)
クールで、セクシーで、セレブに顔が利く、遊び慣れたオトナの包文維が、清純で、素直で、美しい唐煜瑾に興味がないはずが無い。興味を持った相手を、利口な文維が口説けないはずもない。どんなにガードが堅い名門のお嬢様でも、文維にかかれば魔法のように言いなりになるのを、小敏は何度も見てきている。
(まあ、ある意味、ボクもそうやって口説かれた側だし…)
一方の煜瑾も、初心 で晩熟 で純真で、どうやって好きな人にアプローチしたら良いのか分からないほどだが、それだけに一途で、健気に文維のことを慕っている。
惹かれ合い、慕い合っている者同士が、同じ屋根の下で一晩過ごして何も無かったなどと言うのは、小敏にはとても信じられなかった。
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