128 / 201

第128話

 文維(ぶんい)が発した、決然とした言葉は、小敏(しょうびん)にとってもショックなものだった。  優しく聡明な文維が、純真で気高い煜瑾(いくきん)と愛し合っていると確信している小敏にとって、それは思わぬ答えで、自分の知らなかった文維の冷酷さを突き付けられたような気がした。 「では…」  唐煜瓔(とう・いくえい)の、弟を思うが故の少し威圧的な電話を終え、文維は長い溜息を一つ落とした。それほど緊張し、消耗したのだ。 「どういうことだよ!」  ようやく唐煜瓔から解放された文維の前に待ち構えていたのは、怒りに震える従弟(いとこ)だった。 「落ち着きなさい、小敏。(やかま)しくすると、煜瑾が目を覚ましてしまう」  そう言って文維は立ち上がり、朝食の支度を続けるためにキッチンに戻った。 「だって!今の電話、煜瑾のお兄様でしょう?煜瑾の恋人じゃないだの、誘惑してないだの、煜瑾と文維の関係の話だよね」 「そうです」  平然と認めた文維に、小敏は自分と煜瑾の2人が騙されたと思い、二重に傷付いた。 「じゃあ、煜瑾はどうなるんだよ!文維のこと、心から好きなんだよ。ずっと、ずっと、高校時代から文維だけを思い続けて、やっと…、やっと…」  煜瑾への共感が深いせいか、小敏は感情が高まり、言葉が続けられなくなる。 「正直に言ってよ、文維。本当に、煜瑾に思わせぶりな態度を取ったのは、治療のためだけだっていうの?」 「小敏」  目を潤ませるほど感情を昂らせている小敏に、文維はどこまでも冷静で淡々としている。 「言ってよ!あのキレイな心しか持ってないような煜瑾を、恋人だって思わせて騙したってこと?」 「小敏…。お願いだから、静かにして下さい!」  そう言うと、文維は突然小敏を抱き寄せた。 「!文維…?」  小敏は、近くで文維の息遣いと心音が荒くなっているのを感じた、冷静に見えていたのは表面だけだったのだ。 「ねえ文維。ちゃんと説明してよ…。文維が、精神科医としての名声のために、煜瑾を騙して利用するような人間じゃないことは、ボクが一番分かってるから…」  そう言って、小敏は大好きな従兄(いとこ)が苦しんでいることを察し、ギュッと親愛のハグをした。 「私は、嘘を()きました…。それは煜瑾にではなく、唐煜瓔お兄さまに対してです」 「え?」  驚く小敏をよそに、文維は苦し気に呟くように言った。 「私は、卑劣な人間なのかもしれません。煜瑾を手放したくないために…、愛する人を取り上げられたくないばかりに、唐煜瓔に嘘を吐きました。本当は、心から愛し、(よこしま)な欲望さえ抱いているのに、全くそんな気はないと…真逆の事を…」  元々が正直な文維は、煜瑾を欲するあまりに、唐煜瓔を騙すことになり、緊張のあまりに心拍数がすっかり上がってしまったようだ。 「良かった。文維がちゃんと煜瑾の事を好きでいてくれて」  安心した小敏は、ホッとした笑顔で文維としっかり抱き合った。

ともだちにシェアしよう!