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第132話

 浦東新区のオフィスビルの中にある高級日本料理店で、申玄紀(しん・げんき)羽小敏(う・しょうびん)を待っていた。小敏からのリクエストで、くれぐれも個室で、と言われている。  玄紀自身は、それほど自覚は無いのだが、実際タレント並みに広告にも出ている有名人なのは事実だ。そんな有名人との2人きりの食事で変に目立ちたくないというのが、小敏の主張だった。  ちゃんと日本式の座敷のようにしてある個室は、玄紀には少し手狭に感じるが、その分、小敏との距離が近くてワクワクする。椅子ではないが、いわゆる掘りごたつ式なので、玄紀は足を下げて、ブラブラさせながら時計を何度も見ていた。  約束の時間は7時。まだあと3分あるのだから、小敏は遅刻というわけではない。けれど、もう2人だけで食事をするのは数年ぶりで、玄紀は待ち切れなかった。 「お連れ様がお越しです」  和服を着た店員が襖の外から声を掛け、玄紀がパッと顔を上げる。  静かに襖が開くと、そこに小敏が微笑んでいた。  ワインレッドのゆったり目のスーツで、中のシャツはブルーでネクタイの代わりに三連のゴールドのネックレスをしている。シンプルだが、キレイな色遣いと、何より小敏のスタイルの良さと端整な顔立ちに良く映える服装で、玄紀もウットリと見とれた。 「なに?」  じっと見つめる玄紀に、少し照れ臭そうに小敏は笑いかけた。それが玄紀には刺激的で、もう小敏をまともに見られないほどドキドキしてしまった。 「あ、なんでもありません」 「ボクのこと、見とれてた?」  からかうように言う小敏に、少し恨みがましい目をするが、それでも玄紀は機嫌が良かった。 「すっごく高級な店、予約してくれたんだね」  小敏が笑うと、玄紀は気持ちが高ぶってしまう。 「しょ、小敏は日本料理が好きかと思って!」 「こんな高級店でなくても良かったのに。でも、ボクのためにここを選んでくれたんだね」  小敏は、真っ直ぐに玄紀を見て感謝するように少し首を傾けた。 「小敏が喜んでくれるなら、私は何でも…」  言いかけた時に、店員が飲物の注文を取りに来た。料理はすでにおまかせコースで玄紀が注文している。 「ボクは、梅酒の水割りで。玄紀は?」 「私は…、無糖の冷たい烏龍茶で」  仮にもプロのサッカー選手である玄紀は、安易に飲酒が出来ない。カロリーやドーピングなどの問題もあるが、酔って知らない女性と写真を撮られたり、怪我をさせらりたりという可能性があるので、チームとマネージメント会社から、くれぐれも飲酒は避けるようにと言い含められていた。 「相変わらず、外でのアルコールは禁止なんだ」  小敏が残念そうに言うと、玄紀は慌てて言い訳をする。 「自宅で、多少飲む分には大丈夫です」 「自宅?玄紀の?」  チラッと意味ありげに小敏が上目遣いに呟くと、その色香に中てられた玄紀は真っ赤になってしまった。 「あ、いや、そういう意味ではなく!」  慌てる玄紀をフッと笑い飛ばし、小敏は出された日本茶を口にして、ちょっと表情を歪めた。上海に日本料理店は多いが、やはり水の違いからか、日本で飲んだような美味しい日本茶を飲めたためしがない。小敏はそれが不満だった。 「失礼します」  そこへ、飲み物と同時に最初の料理が運ばれて来た。

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