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第136話
ある朝、唐 家の茅 執事は申玄紀 からの電話を受けた。
「おや、お珍しい。申玄紀坊ちゃま」
「今、上海に帰って来ているのですが、煜瑾 が病気だと聞いたので」
「はい、安静になさっていますよ」
「お見舞いに行ってもいいですか?」
意外な言葉に、茅執事は怪訝に思うが、煜瑾の気晴らしも必要かと思い直した。
「お1人で、ですか?」
「うん…。私1人ではダメですか?」
「いいえ、とんでもございません。まだ煜瑾坊ちゃまも弱っておいでなので、お1人でお越しいただいた方が、お疲れになられないと存じます」
茅執事の言い分に、玄紀は煜瑾がそれほどに重症なのかと、ここにきて心配になった。
「煜瑾は、大丈夫なのですか?」
「ご本人次第なのですが…。なかなか元気を出して下さらないので、玄紀坊ちゃまには、ぜひ煜瑾坊ちゃまを励ましていただきたいと存じます。よろしくお願いいたします」
そう言われて、翌日の午後に、玄紀は、唐家を訪問することになった。
***
「じゃあ、煜瑾にはくれぐれもよろしくね」
南京 東路 にあるホテルのレストランで、玄紀と羽小敏 は待ち合わせてランチをした。もちろん、先日と同様に個室を予約している。
「分かっています」
玄紀が好きそうな、イタリアンレストランのランチのコースを前に、2人の会話は弾まない。
「怒ってるの?」
玄紀から視線を外し、パスタをフォークの先で突きながら、少し自嘲的な薄笑いを浮かべて羽小敏は呟くように言った。
「何が?」
玄紀もまた、小敏を見ずに端的に答える。玄紀は、生ハムのサラダをほんの少しずつ食べている。
それを悲しい目で見ていた小敏は、次に玄紀の目を真っ直ぐに見据えた。
「ボクが、君を利用したから、怒ってる?」
その一言にハッとして顔を上げた玄紀は、そのまま小敏の目を見てしまい、捕らわれてしまう。
端整な美貌の小敏の、物憂げな眼差しは、妖艶で、誘惑的だ。年齢よりも若く見える可愛い容姿で、小敏は何人もの男たちを手玉に取って来た。
彼らに対して小敏が求めるのは一過性の欲望の昇華だけで、まるで愛など信じていないようだった。
そんな孤独な小敏を、玄紀は救いたい、愛で以て抱き締めて、守ってあげたいと、ずっと思ってきた。
そんな玄紀を、小敏は受け入れようとはしない。
その上、今回は何の理由の説明もなく、利用しようとしている。
「小敏を、この私が、怒る、と?」
ポツリ、ポツリと言葉を刻んで、真面目な顔の玄紀が言うと、小敏は薄く笑った。
「玄紀だけは、ボクを怒っても仕方ないと思ってる」
玄紀の、一途に自分を慕ってくれる気持ちを、踏みにじっているという自覚のある小敏は、物憂げにそう言う。
「いつでも…ボクを抱いていいよ、玄紀」
今にも泣きそうな顔で言う小敏が、玄紀を切なくした。
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