高校の頃から、ずっと羽小敏(う・しょうびん)は、申玄紀(しん・げんき)にとって太陽だった。明るく、温かく、優しく、そして、どこか可愛くて放っておけないところがあった。 　そんな小敏を、愛して、守ってあげたいと思う玄紀だが、それは肌を合わせるということではない。 「小敏が望まないことを、私はしません」 　真摯な顔つきでそう言った玄紀に、小敏は悲しそうに微笑んで、立ち上がると手を伸ばした。 　小敏は玄紀の頬を引き寄せると、贖罪のような口づけを1つ与えた。 ＊＊＊ 　愛車のBMWで唐(とう)家に着いた玄紀の手には、綺麗にラッピングされた小さな箱があった。 「よくお越しくださいました、申玄紀坊ちゃま」 　広い玄関で茅(ぼう)執事に迎えられた玄紀は、名家の御曹司らしく鷹揚に頷いた。 「煜瑾(いくきん)は？」 　心配そうに訊ねながらホールに向かうと、そこにはメイドが待ち受けていて、一般のゲストであれば彼女にコートや帽子を預けるのだが、生憎と玄紀にはどちらも無かった。 「そちらは？」 　茅執事は、目敏く玄紀の手の中にある物に気付いた。 「煜瑾に、お見舞いの品です。チョコレートです」 「玄紀坊ちゃまがご用意下さったので？」 「そうだけど…、なぜ？」 　訝し気に玄紀が訊ねると、茅執事はやや謹厳な口調で答えた。 「どなたかから、お預かりになった物ではないのですね？」 　玄紀は、小敏が言っていたことを思い出した。 　茅執事は、煜瑾から文維と小敏を引き離そうとしている。お見舞いの品に紛れて、メッセージが届くのを警戒しているのに違いない。 「私からのチョコレートです。父の会社の新製品で、まだ発表前の試供品ですが」 　そう言って玄紀はチョコレートの入った箱を茅執事に見せた。その簡易な包装に、メッセージカードなどが隠せないのを確認して、茅執事は黙って頷いた。 「煜瑾に直接渡しても？」 　玄紀が、わざわざ確かめるように言った。 「もちろんでございます。どうぞ」 　そう言って、茅執事は玄紀を先導して煜瑾の寝室へと向かった。 「煜瑾坊ちゃま？申玄紀坊ちゃまがお見舞いにお越しですよ」 「……」 　寝室に入ると、煜瑾は天蓋からカーテンの下がった豪華な寝台の奥に、1人で寝ているようだった。 「煜瑾坊ちゃま？」 「茅執事…」 　思い余った玄紀が声を掛けた。 「ここは、私と煜瑾の2人にして下さい」 「しかし…」 「大丈夫。私に任せて…」 　毅然と玄紀が言うと、茅執事も煜瑾を気遣い、それ以上は何も言わずに寝室を後にした。