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第138話
「煜瑾 ?具合はどうですか?」
茅 執事が寝室から離れたことを確認して、玄紀 は煜瑾の寝台に近付き、声を掛けた。
「来ないで…」
細々とした声で、内側の薄い紗のカーテンの向こうから煜瑾が言った。
「お願いです。話を聞いてください、煜瑾。きっと、あなたの為にもなるから」
「?」
いつにない真面目な様子の玄紀に、煜瑾も気になったのか、カーテンの向こうで身を起こすのが見えた。
「そっちに、行ってもいい?」
玄紀が訊くと、煜瑾が小さく頷くのが見えた。それに応えるように、玄紀は煜瑾の寝台にゆっくりと近づき、紗 のカーテンを払った。
「煜瑾…」
一目見るなり、玄紀は絶句してしまう。
いつも、無垢な天使のように微笑んでいた、あの煜瑾が、痩せて、顔色も悪く、まさしく病人の顔になり、痛々しいほどだった。だが、思い詰めた黒く深い瞳は、しっとりと艶めかしく濡れ、やつれてほっそりした面差しがやけに大人びて見えて、とても幼馴染の「深窓の王子」である煜瑾には見えない。恋に思い悩む色香をまとう、見知らぬ美しい青年のようだった。
玄紀は思った。恋をすると、これほど病みやつれても、人は美しくなるのだ、と。
「煜瑾、これ、内緒ですが、小敏からのお見舞いです」
寝台の端に座り、玄紀はチョコレートの箱を取り出した。
「小敏?」
戸惑ったように玄紀を見詰めながら、煜瑾はチョコレートの箱を受け取った。それは、既製品のパッケージではなく、ハンドメイドのお菓子のラッピング用に売られているものだった。
素人が結んだらしいリボンをほどき、蓋を開けると、そこには一口サイズの手作りのトリュフチョコレート5個が2列に並んで入っていた。箱の中にある小粒の10個のチョコレートを、煜瑾はジッと見詰めていた。
「あのね、煜瑾。私、さっき小敏 と会って来ました」
「……」
「小敏は、煜瑾に謝りたいと言っていました。誤解させて悪かったって」
「誤解?」
寂しそうな顔で、煜瑾はチョコレートから目を離せない。
「小敏は、本当に煜瑾の事を心配していましたよ。誤解があったというなら、私が代わりに謝りますから、小敏を許してあげて下さい」
玄紀の言葉に、煜瑾は何も答えず、黙ってチョコレートを一粒つまんで口に運んだ。
「あ!くれぐれも、そのチョコレートは噛まないでって、小敏が!」
煜瑾がチョコレートを食べた途端に、玄紀は叫んだ。けれど、チョコレートはとてもクリーミーで、煜瑾の口の中で噛む前に溶けていく。どうやら本当に誰かの手作りらしい。柔らかく、甘く、そして、それはとても優しい味がした。
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