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第139話

「?」  食事もろくに摂っていなかった煜瑾(いくきん)だが、このチョコレートには感慨深いものを覚え、しばらく満足そうに味わっていた。  だが煜瑾が堪能していた滑らかなクリームの中に、何か異物感があるのに気付いた。 「どうしたの?」  煜瑾の反応に、玄紀(げんき)も身を乗り出す。  不穏に思って、煜瑾は口の中のそれを、ソッと掌に取り出した。 「これって…」  それは小さなアルファベットのパスタだった。普通、チョコレートクリームの中に入れるような物ではない。 「それって、ゴミ?」  玄紀が覗き込んで訊ねると、煜瑾はフッと笑った。 「違いますよ、これは『T』の文字…」  次の瞬間、煜瑾はハッとした。  すぐに、少し離れたテーブルに用意されていた、料理に添えられているスプーンを玄紀に取らせた。  そのスプーンで、残りの9個をソッと割ってみると、やはり残りのトリュフからも小さなパスタが現われた。  小さなアルファベットを、煜瑾は慎重に並べた。 「もしかして、それって…小敏からのメッセージ?」  覗き込む玄紀に、煜瑾は何も言わずに、10文字のメッセージを見せた。 「T・A・Z・H・E・N・A・I・N・I…?」  玄紀は不思議そうに読み上げる。だが、先にそのメッセージに気付いた煜瑾は、動揺した顔になっている。  煜瑾は、震える指先で「TA ZHEN AI NI」と、玄紀にも分かるように置き直した。 「他、真、愛、你…?」  玄紀は声に出して、ハッと息を呑んだ。 「『彼は、本当にあなたを愛している』、って!煜瑾、これは…」  それは小敏からのメッセージで、「彼」が文維を、「あなた」が煜瑾を示しているのは明らかだった。 「彼が…私を?」  体だけでなく、すっかり心も弱っている煜瑾は、もう何を信じていいのかが、分からなくなっていた。 「『彼』って、文維の事ですよね…」  分かり切ったことを口にする玄紀を無視して、煜瑾はジッとその10文字分のパスタを見詰めていた。  煜瑾の胸は、嵐のように(ざわ)めくばかりだ。  「深窓の王子」は、いつも明るく健全な場所に居て、静かで穏やかな心持ちで過ごすことしか知らなかった。  それなのに…。 (文維を好きになって、幸せな気持ちを知った…。でも、同時に、こんなに混乱したり、苦しくなったり、辛いこともたくさん知ってしまった…)  煜瑾は腫れた瞼を閉じ、枯れ果てたと思った涙を、また零した。

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