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第141話
幼馴染の申玄紀 がお見舞いに来たその日の夜から、煜瑾 はすっかり態度を改めた。
茅 執事が運んで来る食事を、少しずつではあったが、きちんと食べ、入浴も済ませた。
すぐに呼ばれた主治医の診察も受け、今後の治療方針の説明を受け、薬も素直に飲んだ。
「玄紀坊ちゃまが、何かおっしゃられたのですか?」
煜瑾が前向きになったことでホッとした茅執事は、いそいそと片時も離れず世話をしたがった。
「いつまでも泣いていないで、たまには気晴らしに大連に遊びに来ればいい、と言ってくれました。そんな風に、玄紀に励まされているようでは、いけないと思ったのです。ふふふ」
まだ弱々しい煜瑾ではあったが、それでも、いつもの気高く優雅な佇まいに戻っていた。それを茅執事は満足そうに見守っている。
「よろしゅうございました。少しでもお元気になられて。まだ大連に遊びに行かれるほどには回復されておられませんが、それを目標に療養なさるとよろしいでしょうね」
何も言わず、寝る前のホットミルクを飲みながら、煜瑾は鷹揚に頷いた。
「ごちそうさまでした。おやすみなさい」
薄い笑顔で、カップを茅執事に戻し、煜瑾はベッドに入った。
「煜瑾坊ちゃま。明日の朝は、お兄さまと朝食を召し上がられませんか?」
茅執事に言われて、煜瑾は少し考え、そして控えめに言った。
「明日はまだ、朝食はここでいただきます。もう少し、体力が戻ったら、お兄さまとちゃんとお話します」
「お分かりいただいているようなら、それで結構でございます」
それ以上、余計な事は言わず、茅執事は煜瑾の布団を整え、明かりを消し、寝室を出た。
1人になると、煜瑾は文維が恋しくて泣きそうになったが、しっかり唇を噛んで我慢した。
そして、玄紀とした約束を思い出していた。
***
「いいですか、煜瑾。私はこの後、小敏 に会います。煜瑾の様子を知りたがっていたので」
その言葉に、煜瑾は少し戸惑った。
冷静になれば、小敏がふざけて文維 にキスをすることなど、よくあることだ。それを本気で疑った自分が恥ずかしい。
「小敏には、煜瑾が文維に会いたがっている、と伝えていいですね」
「それは…」
煜瑾は、さらに迷ってもいた。
文維の事は、恋しい。
けれど、あれほど愛されていると信じ込まされて、実はあれら甘い経験は全て嘘だったと知った時のショックを、煜瑾は忘れられずにいる。
やっと信じられる手を見つけ、救いを求め、掴んだと思ったのに、それは偽りだったと知った時の絶望感を、煜瑾はまだ引きずっているのだ。
「小敏のメッセージが、信じられませんか?」
(他真愛你…)
たったそれだけの言葉が、煜瑾を悩ませる。
(文維は、本当に煜瑾を愛しているんだよ)
煜瑾には、訴えかけるような小敏の声が、聞こえたような気がした。
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