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第142話

 別れ際に、申玄紀(しん・げんき)煜瑾(いくきん)に言った。 「煜瑾さえ、私たちを信じてくれるなら、必ず文維(ぶんい)に会わせてあげます。煜瑾はまず、元気になって、これ以上お兄さまや執事に警戒されないよう、大人しくしていてください」 「玄紀…」  縋るような煜瑾の眼差しに、玄紀は力強く頷いた。 「どんな誤解があったとしても、2人が互いを想っているのなら、一度会えば必ず誤解はとけるはずです。病気になるほど煜瑾は文維が好きなら、諦めてはいけません」  急に大人びて、自分を心配してくれる弟のような幼馴染が、煜瑾は嬉しかった。この誠実な目で語り掛ける玄紀のためにも、煜瑾は自分の気持ちに正直になって、もっと強くなろうと決意した。 *** 「それで、煜瑾のスマホは、取り上げられてるの?」  この上なく煜瑾が気がかりな様子で、小敏(しょうびん)が玄紀に確認する。 「はい。スマホもパソコンも、療養中は邪魔になると言って、(ぼう)執事が取り上げたようです」 「またアイツか!」  小敏がムッとして言うと、お茶を運んできた文維が黙って首を横に振った。 「だって!」  言い返そうとする小敏を、従弟は鋭く睨んで黙らせた。  ここは、北外灘(ワイタン)の文維のアパートで、(とう)家を後にした申玄紀が、真っ直ぐに向かった先である。ここで小敏と文維は、玄紀から煜瑾の現状を聞くために待っていたのだ。 「煜瑾を見習いなさい。彼ならきっと、他人を貶めたり怨んだりすることはしない」  文維が確信を持ってそう言うと、小敏もそれ以上は何も言わなかった。 「煜瑾が…、可哀想でした。痩せて、すっかり病人のようで。あんなに苦しんでいるだなんて…」  文維の部屋のリビングで、ガックリと肩を落とす玄紀に、文維はアールグレイのミルクティーを差し出した。それは、唐煜瑾が好んだ飲物だ。 「当たり前だよ。愛されているって信じていた人に、『愛していない、利用していただけだ』って言われたのも同じなんだよ」  親友として煜瑾が大好きな小敏は、気持ちが分かり過ぎるのか泣きそうになって文維に訴えかける。 「ねえ、助けられるのは文維だけなんだよ。何としてあげてよ」 「それは…」  文維も、最愛の人である煜瑾を苦しめたくはない。今すぐにでも迎えに行って、奪い去りたい欲求に駆られなくもない。  けれどそれは余りにも無謀で、唐家にも、またゆくゆくは煜瑾自身にも迷惑を掛けることになる。最善の答えを見つけられるまでは動けない文維だった。 「文維は考えすぎなんだよ!将来の事とか、唐家の事とか、また余計な事ばかり考えてるんでしょう」  さすがに長い付き合いで、文維のことをよく知る小敏の的確な指摘に、文維も言葉を詰まらせる。 「先の事は、2人で考えればいいじゃないか。まずは目の前の問題を片付けて、煜瑾の病気を治してあげてよ」

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