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第145話

「昨日に続いて、玄紀(げんき)坊ちゃまにお越しいただけるとは、煜瑾(いくきん)坊ちゃまもお喜びですよ」  (とう)家の(ぼう)執事は、申玄紀を大歓迎した。昨日、玄紀が煜瑾の見舞いに来てから、煜瑾がすっかり元気になったことを、茅執事は喜んでいた。  それは、煜瑾が喜ぶような包文維(ほう・ぶんい)の話をしているかもしれないという危惧はあったが、それでも煜瑾の健康を思う茅執事は目を瞑ることにした。 「これをお願いします。一緒にお昼をいただこうと思って…」  玄紀から見舞いの品を受け取った茅執事は、恭しくそれを受け取った。  それは、季節外れに春を呼ぶようなチューリップの花束と、見た目にもカラフルなサンドイッチの詰め合わせだった。野菜だけでなく果物も使われたサンドイッチは、煜瑾が好きそうな物で、長年の付き合いがある玄紀らしい気遣いだと茅執事は思った。 「煜瑾の部屋で待っていますね」  そう言って玄紀は、勝手知ったる唐家の屋敷内を、子供の頃のように駆け抜けた。 「煜瑾!」 「あ、玄紀、ごきげんよう」  たった一夜で、見違えるように煜瑾は活き活きと美しくなっていた。その様子に、玄紀も嬉しくなる。 「やあ、お見舞いを持って来ましたよ」  そう言って、玄紀はスッと煜瑾の耳元に口を近づけた。 「小敏(しょうびん)からの、ね」 「え!」  思いがけない言葉に、煜瑾は頬を染め、目を輝かせた。 「小敏が使い捨てのスマホを用意してくれました。煜瑾が、必要とするのであれば、お渡しします」 「必要です!」  迷うことなく、煜瑾は答えた。その眼は真剣で、揺るぎ無く、強い決意に溢れている。  これが、人を想うということなのかと、玄紀は人が変わったような煜瑾をしみじみと見詰めた。 「絶対に、執事やお兄さまに見つかってはいけませんよ」 「分かっています」  煜瑾は、深く頷いて、玄紀から受け取った小さなスマホをギュッと胸に抱きしめた。 「それから、そのスマホに入っているのは、私の名前1つだけだけど、それは小敏の新しいスマホの電話番号と、チャットのアカウントですからね」 「小敏の、新しい?」  不思議そうな煜瑾に、玄紀はニッと笑った。 「万が一、そのスマホが見つかっても、煜瑾が小敏と連絡を取っていたとバレないように、とのことですよ」 「ほお。まるでスパイ映画のようですね」  イギリスの有名なスパイ映画が好きな兄の影響で、煜瑾も多少はスパイについて知っている。 「それから、1人で話していると目立つから、通話はしちゃダメだって。チャットのメッセージのやり取りも、必ず送ったら消す、受け取っても読んだら消す、これを守るように、と」  玄紀の説明に、ますます煜瑾は目を丸くして話を聞き入った。うんうんとしっかりと相槌を打ちながら、煜瑾はすっかり元気を取り戻したようだった。

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