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第147話
「それは何ですか?」
煜瑾 が手にしたのは、地味な装丁の分厚い洋書だった。
「ほら」
楽しそうに煜瑾がそれを開くと、それは本ではなく、中をくり貫かれた小物入れだった。
「数年前のクリスマスに、いただいた物なのですが、何も入っていないことは茅 執事も知っています。わざわざここを探すことはしないでしょう」
そう言って微笑みながら、煜瑾は本型の小物入れにスマホを収めた。まだ収納の余地はある。
「あ、そうでした。コレ、充電器です。一緒に入れておいてください」
「はい」
煜瑾は玄紀 からそれを受け取り、小箱に収め、蓋をしようとしたが、ハッと気づいた。
一度、箱をデスクの上に置き、スマホを取り出すと電源を入れた。
「本当に、アドレス帳には『申玄紀』しかありませんね」
「でも、小敏 に繋がるんですよ」
2人は額を寄せ合うようにしてスマホの画面をのぞき込んでいた。
「どうするのです?」
玄紀には答えず、煜瑾はチャットを起ち上げ、玄紀の名のアカウントに、短いメッセージを送った。
(ありがとう)
それだけを送信すると、すぐに既読の印が付いた。それだけを確認すると、返事も待たずにメッセージを消去し、煜瑾はスマホの電源を切り、小箱にしまい込んだ。
「今は、これだけで充分です」
煜瑾がそう言って微笑むと、玄紀も頷いた。
「ねえ、お昼を済ませてしまいましょうよ」
玄紀は煜瑾の手を取って、料理が並んだテーブルに戻った。
2人はしばらく楽しく食事をしていたが、煜瑾がふと気付いた。
「文維 に会うためには、私がこの屋敷から出る必要がありますね」
「そうですね。茅執事も、煜瓔 お兄さまも、文維や小敏がこの屋敷に来ることは許さないような気がしますね」
玄紀は、上海で一番美味しいのではないかと思われるほどの、唐家自慢の自家製ローストビーフを頬張りながら答えた。
「けれど、今、私が外出したいと言っても、きっと許してはもらえないでしょう」
「まあ、まだ体調が悪いようだし、煜瑾も体力的に無理ではないですか?」
ローストビーフを呑み込み、こちらも自家製のレモネードをゴクゴクと喉を鳴らすようにして飲みながら玄紀は煜瑾に言う。
「私が、誰にも疑われず、この屋敷を出る方法が1つあります」
「本当ですか?」
イチゴのサンドイッチを手にしながら、玄紀は煜瑾の美貌を覗き込むようにして聞き返す。
「お兄さまの会社の、クリスマスパーティーです」
煜瑾の兄、唐煜瓔は多角的企業のトップにあり、毎年クリスマスイブにそれらグループ全体の慰労会を兼ねてのクリスマスパーティーを、ホテルの広いバンケットルームを借り切って行うのが恒例となっていた。
「あのパーティーの規模なら、紛れ込んでしまえば抜け出すことも難しくないと思います」
「そんな器用なことが、煜瑾に出来るのですか?」
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