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第148話

 玄紀(げんき)に問われて、一瞬迷った煜瑾(いくきん)だったが、すぐに決心して口を開いた。 「やります。文維(ぶんい)に会うためなら、どんな苦労をしても、やり遂げて見せます」  煜瑾の強い決意に、玄紀も押されるように答える。 「そうですね、煜瑾。私も、小敏(しょうびん)も協力します。みんなと一緒なら、必ず出来ます」  玄紀に励まされ、煜瑾もますます勇気が湧いた。 「それに…、クリスマスイブは、文維のお誕生日なのです」  煜瑾が頬を染めながら言うと、玄紀は明るく微笑んだ。 「じゃあ、2人が会えたら、煜瑾にはクリスマスプレゼントで、文維には誕生日プレゼント、ということになるのですね」  玄紀の指摘に、煜瑾はふんわりと顔を赤らめ、とても嬉しそうな笑顔になった。 「あのね、文維のお誕生日プレゼントはもう買ってあるのです。小敏と一緒に買いに行って。それから、文維とランチに行く約束だったので、その時に着ていくお洋服も買って…」  あの時の幸せな気持ちから、今のこの状況を想い、煜瑾はまた苦しくなった。ただ、文維に会って、プレゼントを渡し、好きだと伝えるだけで幸せだったはずなのに…。 「文維は…、本当に私と会いたいと思ってくれるのでしょうか」  先ほどまでと打って変って気を落とし、また瞳を潤ませながら煜瑾は呟く。 「昨日は、小敏だけでなく、私も文維に会いましたけど、悲しそうでした」 「本当に?」 「はい。文維も、煜瑾に信じてもらえないのはつらいのだと思います。けれど軽率な真似をして煜瑾に迷惑を掛けたくないと言っていました。それだけ煜瑾の事を大切に思っているのだと」  玄紀の言葉に、煜瑾は胸がドキドキした。  煜瑾が心から欲し、求める人が、自分と同じように思ってくれていることが嬉しかった。 「クリスマスイブに、文維と会えたら…、どうしたらいいのでしょう」 「どうって?ちゃんと話して誤解を解いて、ああそれから、プレゼントを渡して…」  急に煜瑾は真剣な表情で俯いた。 「私は、唐家を棄てて、文維と行くべきではないでしょうか」 「煜瑾!」  玄紀はそこまで思い詰めている煜瑾に驚かされた。  上海の名門、唐家の深窓の王子として、大切に育てられた煜瑾は、まさに温室の秀華だ。唐煜瓔(とう・いくえい)という兄の庇護があってこそ美しく、気高く咲くことが出来る。  それを、何もかも棄てて、愛する人の許へ行くことを考えるまでになったとは。 「私は、煜瑾の生き方を決める立場にありませんが、そういうことは、煜瑾が1人で決めることではなく、文維と相談すべきでは?」 「…そうですね。まだ、文維に会ってもいないのに、性急でした」  思い詰め、長い睫毛に覆われた深淵な黒い瞳を潤ませて、それでも気丈に微笑む煜瑾が健気で、玄紀は思わず手を伸ばし、煜瑾の手に重ねた。 「文維もですけれど、煜瑾も、あまり考えすぎてはいけません」

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