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第151話

 その日、午前中は自室で音楽を聴きながら、趣味でコレクションしているミニチュアのカタログに目を通したり、1時間おきに運ばれるお茶やジュースなどを飲んだり、それを運んで来る(ぼう)執事やメイドと言葉を交わして、時間を費やした煜瑾(いくきん)だった。  昼食はあまり食欲が無く、それでも自家製のジャム付きのパンと果物をいくつか食べて、午後からの往診に備えた。  ベッドで泣くこともなくなり、以前のように大人しく従順になって、扱いやすい煜瑾に使用人たちは喜んだ。手のかからない「イイ子」であることを望まれ続けてきた煜瑾は、期待通りの「王子」であり「至宝」に戻り、周囲から大切にされていた。 「血圧も、脈拍も、以前の通りで安定しましたね。先週の血液検査の結果も問題は有りませんでした。体力や筋力は毎日の積み重ねですね」  往診に来た主治医に言われて、煜瑾は素直に頷いた。 「先生、…24日に兄の会社のクリスマスパーティーがあるのですが、行っても構いませんか?」  心配そうに煜瑾が訊ねると、幼少の頃から煜瑾を知る、壮年の優しい主治医はニッコリと微笑んだ。 「煜瑾さまは、それほどお酒を飲まれるわけでも無いし、はしゃいで我を忘れるタイプでも無いですから、お兄さまもご一緒のクリスマスパーティーなら、心配は無用ですよ」  それを聞いて、煜瑾は隣に立つ茅執事を振り仰いだ。 「承知いたしました。私が証人になりますから、お兄さまにお伝えしておきますね」 「お願いします」  煜瑾が微笑むと、茅執事も主治医も満足げに笑い、和やかな雰囲気に包まれた。  結局、唐家は煜瑾の笑顔1つで円満になるのだ。無垢で純真な煜瑾の美しい笑顔こそが、唐家の「至宝」だと、茅執事も得心していた。 「煜瑾坊ちゃま、午後からはお昼寝でもされますか?」  まだまだ煜瑾の体調が心配な茅執事は、あれこれと世話を焼きたがる。 「いいえ。今年は、うちも玄関にクリスマスツリーを飾りましょう」 「!」  この煜瑾の提案には、茅執事も驚かされた。煜瑾が成人するころまでは、クリスマスイブには会社の大きなパーティーがあり、クリスマス当日の夜には、この邸宅で家族だけのパーティーを行っていたのだ。そのため、玄関には大きなツリーを飾り、毎年煜瑾を中心に、使用人たち総出で飾り付けをしたものだった。 「オーナメントは残っていますか?足りなければ、買い足さねばなりませんね」  煜瑾に言われ、茅執事も嬉しそうに答える。 「煜瓔さまがヨーロッパから最上の物を取り寄せられたのです。そうも簡単に劣化するような安物とは違いますよ」 「クリスマスまでは、まだ日があります。家にある物で飾ってみて、足りなければ、その時に考えましょう」  辛い大人の恋も忘れ、無邪気な子供の心を取り戻したような煜瑾に、茅執事は心から喜んでいた。 「ツリーに使う木は、庭で選ぶの?それとも、どこかから買って来るのですか?」  煜瑾が楽しんでいる様子に、茅執事の気持ちも浮き上がる。 「早速、下男の小周に適当な木が無いか庭を探させましょう。これというのが見つからないようであれば、さっそく注文をいたします」 「うん、そうして。私はオーナメントのチェックをしたいから、玄関のホールに運ばせてね」 「煜瑾坊ちゃま、こちらのお部屋に比べて、ホールはお寒いですから、何かもう一枚上に着て下さいね。女中にはヒーターを運ばせます」  急に子供に戻った煜瑾の思い付きで、忙しくなった茅執事は、急いで家中に指示をして回った。

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