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第152話

 煜瑾(ルビ)はクローゼットの中から、キャメルブラウンのカシミアのハーフコートを取り出した。軽くて暖かく、丈が短いので動きやすい。 「…」  煜瑾は、姿見(かがみ)の中に映る自分と見つめ合った。 (私は、ちゃんと「イイ子」を演じられている?)  フッと笑った煜瑾は、無邪気な天使ではなく、苦しい恋に疲れたオトナの顔をしていた。  だがすぐに期待されている「(とう)家の至宝」の仮面に戻ると、煜瑾はまさに貴公子の物腰で、優雅で美しく、緩い弧を描くアールヌーボー式の唐家の中央の階段を降りてきた。  その姿の高貴さと優美さに、見慣れているはずの使用人たちでさえも、ホゥっと息をつく。 「ツリーのオーナメントは見つかりましたか?」  煜瑾が、甘えるように(かや)執事に訊くと、執事は嬉しそうに答える。 「今、運ばせております。ツリーも、見(つくろ)いに行かせましたからね」 「そう」  品よく、鷹揚に頷いて、煜瑾はホールにあるアンティークのソファに腰を下ろした。 「お寒くはございませんか、煜瑾坊ちゃま」 「うん、平気です」  そこへ、煜瑾の周囲を温めるヒーターが運ばれ、クリスマスオーナメントが入っているらしい大きな箱も届けられた。 「まあ!」「うわ~!」  大きな箱の中には手のひらサイズの小さな箱がギッシリ詰まっている。それを初めて見たメイドたちは、感嘆の声を上げた。  小さな箱を空けると、紙に包まれたオーナメントが次々と現れる。それらは純金のメッキがされた星であったり、ベネチアングラスで作られた天使であったり、とにかく1つ1つがすでに芸術的価値のある工芸品ばかりだった。 「あ、この青い天使は私のお気に入りでした!」 「坊ちゃま、こちらのステンドグラスのボールもお懐かしいですね」  煜瑾と茅執事は、煜瑾の幼少期に戻ったかのように、輝きを失わない綺麗なオーナメントを1つ1つ取り出しては、並べて楽しんだ。 「あ、このトナカイの角は、玄紀(げんき)が落して折ってしまったのです。ほら、()いだ痕が残っています」  楽しそうに思い出に耽る煜瑾に、茅執事は心から安堵していた。  きっとまだ煜瑾の心の傷は癒えてはいないだろう。けれど、少なくとも、あの包文維(ほう・ぶんい)という精神科医に頼らずとも生きていけるのだと、煜瑾も分かったはずだ、と茅執事は自分に言い聞かせていた。  これで良かったのだ、と。

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