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第154話

 小周(しょうしゅう)はじめ下男たちが運んできた庭の樅木(モミのき)煜瑾(いくきん)(ぼう)執事が予想していたよりも立派なもので、天井の高い玄関ホールの中央に据えるにピッタリの堂々たるものだった。 「このツリーなら、見ごたえもあるし、わざわざゲストをご招待しても恥ずかしく無いです」  煜瑾は満足そうに下男たちを労わった。 「煜瑾さま。俺たちがお手伝いしますので、一番上の星を最初にお飾りください」 「ありがとう」  既に台座に納まった樅木のてっぺんには、屋敷で一番の長身の下男でも手が届かない。それを階段の近くまで運び、階段の途中から手を伸ばす煜瑾の体を、下男がしっかりと抱きかかえた。 「煜瑾さま、お気をつけて」 「もう少しですわよ、煜瑾さま」  使用人たちに守られ、励まされ、煜瑾のクリスマスは始まろうとしていた。  その夜、明日の買物の打ち合わせに煜瑾の寝室を訪れた茅執事は、そこにベッドメイクをしている家政婦の胡娘(こじょう)しかいないことを(いぶか)しく思った。 「坊ちゃまはどちらへ?」 「今、ご入浴中です」  皺ひとつなく、高級ホテル並みにシーツを敷いて、ベテランの家政婦である胡娘が茅執事に答えた。 「もうお休みのお時間なのに、まだご入浴だと?長すぎるのではありませんか」  心配になった茅執事がバスルームに近付こうとするのを、(とう)家に長く勤める胡娘は慌てて引き留めた。 「お待ちください、茅執事」 「なんです?」  煜瑾の事が心配な茅執事は、邪魔をする胡娘に少し邪険になる。 「煜瑾さまは、まだお心の傷が癒えたわけではありません。時々寂しそうな顔をされるのがその証拠です。それでも、私たちに心配掛けまいと、以前と変わらぬようにお過ごしです。そんな煜瑾さまが、誰にも邪魔されずに思い切り泣けるのは、今はバスルームくらいなんですよ」  胡娘にもまた、家族に隠れてバスルームで泣いた乙女の頃があり、また今は難しい年ごろの息子がいる。煜瑾の気持ちが分かるのは、この屋敷では彼女だけかもしれなかった。 「しかし…」 「私がご様子を見ております。今しばらくは、そっとなさって差し上げなさいませ」  母性の強い家政婦が煜瑾を思う気持ちに、さすがの茅執事も圧倒される。 「分かりました。明日は、坊ちゃまとクリスマスプレゼントの買物に行くことになっているのだが、坊ちゃまのご希望の店を確認しておこうと…」 「後で、私が伺っておきますから、茅執事はもうおやすみなさい。いくらハンサムでも、1日中あなたの顔を見ていては、煜瑾さまもうんざりですよ」  なかなか手厳しいことを言われ、茅執事も言い返すことが出来ず、仕方なく、くれぐれも煜瑾坊ちゃまを頼むと言い残して、煜瑾の寝室を後にした。

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