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第157話

 (とう)家のクリスマスツリーが公開されたと噂になると、招待状を受け取った者だけでなく、マスコミや上海のセレブたちも騒ぎ始めた。  (ぼう)執事はそれらの対応に追われ、もはや煜瑾(いくきん)の世話どころではなくなった。  それを煜瑾は気にする様子もなく、家政婦の胡娘(こじょう)やメイドたちに見守られながら、相変わらず規則正しい生活を送り、招待状を持つゲストにはきちんと接待し、マスコミなど茅執事が望ましくないと判断したゲストの時は、自室に閉じこもって過ごした。  マスコミは、茅執事が厳選した、上品な雑誌や信頼できる情報番組などだったが、同じ屋敷内に、「唐家の至宝」「深窓の王子」がいるとなると、何とかしてその姿をカメラに収めようと、茅執事の神経を苛立たせる行動が目立った。  そのため茅執事は彼らから目を離すことは出来なかったし、煜瑾の私室は昼でもキッチリとカーテンを閉め、ドアの外には当主である唐煜瓔(とう・いくえい)に頼んで、その時間帯だけでもと警備員を置く始末だった。  おかげで煜瑾は、自室で誰にも邪魔されずに1人でいる時間が増えた。 (クリスマスパーティーの会場は、錦江飯店(ジンジャン・ホテル)貴賓楼の宴会場です)  煜瑾が秘密のスマホでメッセージを送ると、すぐに小敏(しょうびん)から既読が付いた。 (開場は午後7時からですが、例年、人が揃って入り乱れるのは8時頃です) (こちらの準備も万端。文維(ぶんい)と待ってる)  その名に思わず煜瑾の頬が緩む。ほんの少し前まで、その名を見るたびに、切なくて、恋しくて涙が浮かんだ。けれど、本当にもうすぐ会えるのだと思うと、今は嬉しさしかなかった。 (玄紀(げんき)は?)  小敏に訊ねられ、煜瑾はいそいそと返事をする。 (荷物を持って、6時にうちに来ます。そして私と一緒に錦江飯店に向かいます) (荷物は、怪しまれない?)  小敏は、決して失敗が許されない作戦に、珍しく神経質になっている。 (その日の夜に、大連に帰ることになっていると言ってあります。パーティー会場から直接空港に行くのだと) (最高じゃん!)  そのメッセージを見た瞬間、煜瑾はいつもと変わらない明るく元気な小敏の笑顔が目に浮かんだ。きっと煜瑾が思い描いたままの笑顔で、小敏はこのメッセージを送ったはずだ。 (もう少しだよ。もう少しで文維に会えるから、煜瑾も頑張ってね) (ありがとう、小敏)  その時、階下で人の動きが感じられた。おそらくは取材に来ていた雑誌社の面々が帰るところだろう。 (執事が来るから、終わります)  すぐに付いた既読マークに、煜瑾は急いでメッセージを消去し、秘密の小箱にスマホを隠した。  茅執事が様子を見に来た頃には、本の形をした小箱から離れた窓際のソファに凭れて、雑誌を読んでいる振りが出来た煜瑾だった。 「お騒がせしました、煜瑾ぼっちゃま。取材は1時から2時までと申しつけていたのに、もう3時です。お茶のご用意をしましょうね」  取材陣の無礼に不愉快そうにしながらも、茅執事は煜瑾のために、紅茶とチーズケーキを運んできた。 「ありがとう」  それを最上の笑顔で迎え、煜瑾は満足そうに堪能した。

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