158 / 201
第158話
12月23日の深夜。
時計の針は、あと15分で日付が変わることを示している。もちろん、この時計もフランス貴族が作らせた骨董的価値のある名品だ。
そんな時計を確かめることなく、慎重に起き出した「唐家の至宝」である唐煜瑾 は、これもまたアンティークの、ライティングデスクにそっと近付き、1冊の洋書を手に取った。もちろん、洋書に見えるのは外側だけで、実は秘密を隠すための小箱だ。
箱を開き、スマホを取り出し、急いで寝台に戻ると、いつもは下ろさない二重の帳 を、2枚とも下ろす。これで外からスマホの明かりが見つかることは無い。
スマホの電源を入れると、すでにチャットにメッセージが届いていた。
(包文維 です)
その1行に、煜瑾は一瞬で囚われた。
こんなにも煜瑾を苦しめ、泣かせた、愛しい相手が、このメッセージの向こうに居ると思っただけで、切なく、そして幸せに感じるとは想像もしていなかった。
(明日、君に会って謝ります)
煜瑾の目に涙が溢れる。これほど思いを寄せる相手に、謝罪を求めていると思われているのが悲しい。
(けれど、もし会えなくても、私は君を諦めない)
その想いが信じられなかった煜瑾だった。本当に、文維は自分の事を愛してくれていたのだと思うと、胸が詰まるように苦しくなる。
(だから、君も決して無理はしないで下さい。小敏 や玄紀 に乗せられて、君が更なる窮地に陥るようなことになれば、私は耐えられない)
文維の慎重さが煜瑾には分かる。もし、こんな子供だましの計略が煜瓔 お兄さまや茅 執事に知られたら、煜瑾は信用を無くし、文維や小敏、玄紀までもが唐家から憎まれることになるだろう。それは、上海での安定的な生活を失うということに等しい。
唐煜瓔に逆らえば、包文維はクリニックを失い、羽小敏は出版社との契約を失うだろう。それほどの財力と権力を、今の上海で唐家は有しているのだ。
いや、文維は自分の仕事や社会的地位を失うことを怖れているのではない。
素直でイイ子だと思われていた煜瑾が、自分を裏切っていたと知れば、唐煜瓔は煜瑾をますます厳しく監視し、今の軟禁生活よりも不自由な生活を強いられるかもしれない。
文維は、何より煜瑾の事を心配しているのだ。煜瑾にはそんな確信があった。
それでもいい、と煜瑾は思った。
たった一目でもいい。最後に文維に会って、自分の想いを伝えられたら、兄を裏切る価値があると、煜瑾は思い詰めていた。
文維からのメッセージは3時間前に送信された物だった。
それでも、煜瑾は今もそこに文維が居るような気がした。
(文維に、会いたいです)
泣きながら打ったメッセージに、一瞬の間もなく既読のマークがついた。
(文維?)
恐る恐る煜瑾が送ったメッセージに、返事が来た。
(そうです)
ともだちにシェアしよう!