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明月之夜 ~月の輝く夜に~ 第163話 | 荷蓮花の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
明月之夜 ~月の輝く夜に~
第163話
作者:
荷蓮花
ビューワー設定
163 / 201
第163話
錦江飯店
(
ジンジャン・ホテル
)
貴賓楼を出ると、左右にクラシックな北楼と現代的に改装した南楼がある。
煜瑾
(
いくきん
)
たちは、北楼の前を通ってホテルの門を出ることになっていた。 オールド上海の名残を残す名門の錦江飯店北楼の前から、目の前の
茂名
(
マオミン
)
南路を渡れば、すぐそこに日系の老舗ホテル、
花園飯店
(
ガーデン・ホテル
)
がある。 煜瑾と
小敏
(
しょうびん
)
の作戦は、錦江飯店の宴会場から抜け出し、向かいの花園飯店で合流するというものだった。 最初は、同じ錦江飯店の3棟あるうちの貴賓楼から抜け出し、他の北楼か南楼で会うことも考えたが、煜瑾が抜け出したことがバレた場合、同じホテル内だとすぐに見つかってしまう可能性があった。 (もうすぐ、
文維
(
ぶんい
)
に会える) そんな、一途で駆けだしたくなる思いを抑え、煜瑾は目立たぬように北楼の正面玄関の手前まで来た。 その時、隣に停まっていた車から降りてきた男性が、煜瑾の前に立ちはだかった。 「!」 煜瑾が避けようとすると、男性も移動する。 妙な動きに、煜瑾が顔を上げるのと、追いついた
玄紀
(
げんき
)
が、煜瑾の前に居る男性に気付いて声を上げたのは、ほぼ同時だった。 「
茅
(
ぼう
)
執事!」 「どうして…」 煜瑾は忽ち、真っ青になった。 「私が、煜瑾坊ちゃまのことで知らないことはございません」 沈着冷静な茅執事に、煜瑾は心が折れそうになる。それでも、通りの向こうに見える、租界時代のフランス倶楽部だった建物まで行けば、恋しい包文維に会えるのだと思った煜瑾は、ここで勇気を振り絞らねばと決意した。 「そこを、どいてください、茅執事」 「煜瑾坊ちゃま…」 困った顔をする茅執事を、煜瑾は目いっぱい睨みつけた。 「もう一度言います。主人の命令です。下がりなさい」 「出来ません、煜瑾坊ちゃま。私のご主人様は
唐煜瓔
(
とう・いくえい
)
さまです」 当然のように答える茅執事に、煜瑾はマスクの下で唇を噛んだ。 「煜瑾…」 玄紀もまた、困惑した表情でオロオロしている。 「どちらにおいでになるのですか、煜瑾坊ちゃま」 「お前には、関係ありません」 強引に茅執事の横をすり抜けようとした煜瑾を、茅執事は思わぬ力で抱き留めた。 「放しなさい」 「いけません。煜瑾坊ちゃまに、あの男は相応しくありません」 その瞬間、玄紀は息を呑んだ。あの温厚で天使のような煜瑾が、目の前で茅執事に見事な平手打ちをしたのだ。 「お前のような者に、包文維を『あの男』呼ばわりする資格はありません!」 あまりにも毅然とした煜瑾の態度に、玄紀は驚いて何も言えず、動けなくなった。 「だとしても、大切な煜瑾さまを、みすみす間違った方へと送り出すわけには参りません」 マスクの下で強く唇を噛んだ煜瑾だったが、その眼はもう涙で潤んでいた。
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