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第164話

「なぜそれほどに、包文維(ほう・ぶんい)に執着なさるのです?」 「いけませんか?私は、自分より、お兄さまより、誰よりも、何よりも包文維が大切なのです」  どれほど涙が溢れそうになっても、煜瑾(いくきん)(ぼう)執事の前では決して泣くまいと思った。  文維への大切な気持ちを、涙で安っぽい同情を誘いたくなかったからだ。それほどに煜瑾の文維への想いは崇高なものだった。 「そんなことは、お兄さまはお望みではございませんよ」 「どうしてですか?私にとって、誰よりも、何よりも大切な人を、その人への気持ちを、どうしてお兄さまは否定なさるのですか」  煜瑾は怒りに震えている。そして、これまで見せたことも無いような強い視線で、茅執事を見据えていた。 「なぜなら、煜瓔さまが、誰よりも煜瑾坊ちゃまを愛しておられるからですよ。それは決して揺らぐことのない、確かな家族の愛です。この世で、唯一信じられる愛情なのですよ」  淡々と説得する茅執事に、反発するように煜瑾は叫んだ。 「私の文維への想いも、絶対に揺らぐことはありません!」  そう言って煜瑾は茅執事を突き飛ばし、駆けだそうとした。 「逃げるのですか!」  その厳格な声に、煜瑾はビクリと脚を止めた。 「唐家のご子息ともあろう方が、コソコソと抜け出し、人目を忍んであの男とこの街から逃げるのですか」 「違います!」  もう一度、大切な人を侮辱され、煜瑾は怒りに燃え、茅執事を振り返り、決然とした態度で言い放った。 「私の文維は、逃げ隠れするような卑劣な人格ではありません。私たちはただ、誰にも邪魔されずに会いたかっただけです。何も知らずに、文維を貶めるようなことを言うのは、例え茅執事でも許しません」 「ほ、本当です。私も小敏(しょうびん)も、煜瑾と文維が2人きりになる所へ逃げるよう言いましたが、文維が断りました」  玄紀(げんき)も急いで煜瑾に助成するが、その言葉にむしろ茅執事は顔を歪めた。 「またしても、羽小敏ですか。またあの子が煜瑾坊ちゃまを唆したのですね」 「小敏は関係ありません!」  睨み合う煜瑾と茅執事に、玄紀はどうしていいか分からない。  だが、フッと最近この状況に似た立場に立たされたことを思い出した。   あの時は、まるで憎しみ合うような文維と小敏だったが、本当は小敏が挑発することで文維の本音を引き出そうとしたのだ。 「あ、あの、茅執事。煜瑾を信じていただけませんか。たった数時間、好きな人と会って、言葉を交わし、プレゼントを渡す、それだけでいいのです。茅執事も、本当は分かっているのでしょう?煜瑾が、あなたや煜瓔お兄さまを傷つけるようなことはしない、と」  玄紀の言葉に、茅執事は口元を歪めた。それは怒りに耐えるようにも、笑っているようにも見えた。 「私は、文維に会いたいだけです。唐家に恥辱を与えるようなことはしません。お兄さまや茅執事を裏切るつもりは無いのです」  煜瑾の真摯な眼差しに、茅執事は黙り込んだ。

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