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第165話
「本当は、文維 と2人で誰にも邪魔されないような所に行ってしまいたい、と思うこともあります。けれど、清廉な文維に、逃げるような後ろめたいことはさせられない。私も、唐 家の次男として、お兄さまや家名に泥を塗るわけにはいきません」
堂々と、これほどキッパリと言い切る煜瑾 が、玄紀 には眩しく思える。
あの優しく、ちょっと自信無さげな、気難しい「深窓の王子」が、これほどに強い意志を持って、物おじせずに茅 執事にも対峙できるようになるとは、真実の愛の力とは実に尊いものだと、玄紀は噛み締めるように思った。
しばらく、煜瑾の顔をじっと見つめていた茅執事が、フッと視線を外した。
「煜瑾さま…、随分と大人になられたのですね。それが包文維先生のお力なら、素晴らしいことです」
「!」
先ほどまでとは違い、穏やかな声で茅執事がそう言うと、煜瑾も嬉しさを抑えきれないように言う。
「文維は、本当に素晴らしい人なのです!」
「私はそれほどに、包文維先生を存じ上げているわけではありませんが、煜瑾坊ちゃまが、それほどに、夢中になられる方だというのは分かりました」
ようやく折れた茅執事が、煜瑾に薄く微笑みかけた。
「本当に、数時間、お話をなさるだけでよろしいのですね」
「はい。文維としなければいけない話があります。それと、今日はクリスマスイブであり、文維のお誕生日なのです。なので、私が用意していたプレゼントを渡したいのです。それが済めば、私はどこにも行きません。必ず屋敷に戻ります」
煜瑾の思い詰めた深い瞳に、茅執事は負けを認めざるを得ないと思った。
「では、深夜0時にお屋敷の前で私がお待ちしております。遅れることなく、お戻りください」
茅執事の言葉に、玄紀が目をパチクリさせて思わず言った。
「それって、まるでシンデレラですね!」
その言葉に、茅執事は静かに微笑んだ。
「行きましょう、玄紀!時間が惜しいです」
煜瑾もまた笑顔で茅執事に軽く頭を下げると、玄紀にキャリーケースを押し付け、目の前の通りに向かって駆けだした。
それを見送りながら、茅執事は、もう煜瑾が自分にはコントロールできないほど大人になってしまい、庇護者としての自分はもう必要とされないのだと思い、少し寂しく思った。
***
玄紀と煜瑾は錦江 飯店の門を飛び出し、すぐ前の茂名 南路を、しっかり手を繋いで渡った。そこはもう、花園飯店 の門の前だ。
そこから、ギリシャ風の柱が並ぶ、旧フランス倶楽部の栄華が残る建物の前を通り、花園飯店の正面玄関に着いた。
「小敏 ?今、煜瑾と2人でロビーに居ます」
玄紀が自分のスマホで小敏に連絡をすると、なんと小敏はロビーに続く、すぐそこのカフェにいた。
「煜瑾!」「小敏!」
顔を見るなり、2人は我慢できずに駆け寄ってしっかりとハグを交わす。
「ゴメンね、1人で辛かったね、煜瑾」
「ううん。大丈夫です。私こそ、小敏に心配かけてゴメンなさい」
ようやく再会した2人に、もう何の誤解もわだかまりも無かった。
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