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第168話

「…文維(ぶんい)?」  煜瑾(いくきん)の求めに気付いたはずの文維だったが、急に口づけを止め、体を離した。 「ダメです。このまま、なし崩しの関係には出来ない」  そう言いながらも、煜瑾への想いが深すぎて文維自身、苦しそうに見えた。 「わ、私なら…私は構いません。このまま、文維の…」 「いけません、煜瑾」  一途に文維だけを想う健気な視線に、文維も胸を打たれるが、それでも必死に理性で煜瑾を説得しようとした。  先にベッドに身を起こした文維は、煜瑾の手を取り、そのまま胸の中に抱きこんだ。  夢にまで見た、優しく、温かな文維の胸に抱かれ、煜瑾は満足そうに眼を閉じた。そんな煜瑾の髪や肩や背中を優しく撫でながら、文維は穏やかに囁いた。 「今度の事で、よく分かりました。煜瑾は、私にとって命より大切な人です」  文維の告白に聞き入りながら、煜瑾は嬉しそうに微笑んだ。 「そんな大事な人に、コソコソ逃げ隠れするような恋愛はさせられません」  煜瑾が考えていたのと同じようなことを、文維も考えていたとは意外だった。 「文維…私は…」 「いいですか、君は『(とう)家』に生まれたから『王子』と呼ばれるのではありません。煜瑾の魂が高潔で、存在そのものが気高いからこそ、高貴な者だと皆に思わせるのです。そんな煜瑾を、私との恋で貶めることはできません」  文維が、どれほど自分を大切に想ってくれているのかが感じられて、煜瑾は恥ずかしいと思いながらも、嬉しかった。 「でも、私は『王子』でありたいなんて、思ったこともありません。私には、文維が…、文維さえいてくれたら、それでいいのです」  純真な煜瑾を褒めるように、文維は煜瑾の白い額に温かいキスをした。 「いいえ、それでは煜瑾を幸せにはできないのです」  そして、しっかりと煜瑾と目を合わせ、文維は誠意に満ちた目で言った。 「私を信じて下さい、煜瑾。高貴な君に相応しく、皆に祝福されるよう、私は努力します。必ずお兄さまに認めていただきます」 「文維…そんなこと」  あの兄に理解され、祝福されることなど、出来るはずがないと煜瑾は思っていた。 「できます。煜瑾が私を信じてくれたら、愛してくれるのなら、私は、必ず煜瑾を堂々と唐家へ迎えに行きます」  確固とした文維の自信に、煜瑾もそれが実現するような気がした。何より、煜瑾は文維を信じると決めたのだ。 「わ、私は…文維を信じます。文維を愛しているから…。だから、文維がお迎えに来て下さるのを信じて待ちます」  そう言って煜瑾は、もう一度文維にしがみ付いた。そうして、改めて気付く。 「文維…、痩せたのですね…」  体に回した腕が、以前より余った。それが悲しくて、煜瑾は涙を浮かべてしまう。 「君もね、煜瑾」  誤解はあった。  けれど、2人は充分に苦しみ、悩み、痛みを味わった。それを互いに理解し、その理由が、ただ深く愛し合ったことだと思うと、哀しくも、幸せな気持ちさえあった。

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