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第169話
ふいに煜瑾 は、甘い雰囲気に浸っている時間が無いことを思い出した。
「あ、文維 …、実は、私は真夜中の0時までに宝山 の屋敷に戻らなくてはなりません」
「え?」
「茅 執事と、そう約束したのです…」
何となく事情を察した文維は、寂しそうに俯いてしまった煜瑾の肩を引き寄せた。
「分かりました。私が時間までに送って行きますね」
「いいのですか?」
心配そうな煜瑾に、文維は優しく微笑む。何もかも包み込む、煜瑾がホッとする笑顔だった。
「その分、煜瑾と一緒に居られる時間が長くなるでしょう?」
その言葉に、煜瑾も嬉しくなって、その気持ちが言葉に出来ずに、急に文維の頬にキスをした。
「煜瑾…」
「うふふ…」
可愛すぎる煜瑾の仕草に、文維はもう一度こうして煜瑾を抱き寄せることの出来る喜びに満たされた。一時はもう失ったと絶望していたのに。こうして煜瑾は帰って来てくれた。この幸せを、もう2度と手放すまいと文維は強く思った。
「あ、忘れるところでした」
煜瑾は急いで立ち上がり、ドアの所に取り落としていた、自分の小ぶりのトートバッグを拾い上げた。
中からプレゼント用の紙バッグを取り出す。
「お誕生日おめでとうございます、文維」
「私に?」
煜瑾は大きく頷く。
「開けても?」
「もちろんです」
煜瑾が見守る中、文維は高級ジュエリーショップらしいオシャレな包装を解いた。
「ああ、キレイだなあ」
そう言いながら、文維は雪の結晶をデザインしたシルバーのピンブローチを、ケースから取り出した。青いサファイアが輝き、クールな文維のイメージによく合った。
「文維は、スーツ姿がとてもカッコ良くて、ステキなので、ジャケットの襟に付けて欲しいなって思って…」
モジモジと説明する煜瑾が、堪らなく愛らしい。文維は微笑ましく思って、立ち上がった。
今は黒のハイネックのウールのセーターとグレイのスラックス姿の文維だったが、クローゼットからグレイのジャケットを取り出した。今夜もやはりスーツを着てきたのだ。
煜瑾は急いで駆け寄ると、文維に先にジャケットを着せ、正面に立つとその衿にプレゼントしたピンブローチを付けた。
「とっても、よくお似合いです、文維」
煜瑾は満足そうに、うっとりと文維を見つめた。
「煜瑾が選んでくれたのだから、似合って当然です」
そう言って煜瑾に意味ありげな視線を送ると、文維はもう一度煜瑾をその胸に抱き、甘い口づけをした。
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