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第170話
「ありがとう、煜瑾 」
そう言うと、腕の中で、うっとりとする煜瑾に、文維 は込み上げる想いが止まらない。
「本当に、ありがとう。…私の所に、戻って来てくれて」
「文維…」
見上げた文維の目が潤んでいた。それを見て、煜瑾も泣きそうになる。
会えない間、ずっと苦しくて、切なくて、泣くことしか出来ない煜瑾だった。涙も、もう枯れたとさえ思った。
それでも、こうして愛しい人を前に、まだ涙が溢れて来る。
そして、それが文維も同じなのだと初めて分かり、嬉しくて、幸せで、満ち足りた思いがする煜瑾だった。
「これだけは、言っておかねばいけないことがあります」
そして、文維は、低く掠れたセクシーな声で、煜瑾の耳元に息を吹きかけるように言った。
「愛しています、唐煜瑾」
「私も、です、包文維」
迷うことなく煜瑾も答えた。
2人はもう一度、ギュッと力いっぱい抱き合った。
その後、見つめ合い、幸せそうに笑い、抱き合ったまま、ベッドの端に腰を下ろした。
「あの日の朝、煜瓔 お兄さまから電話がありました」
「知っています…。茅 執事が、そう言っていました」
その時に「包文維は恋人の振りをして煜瑾を治療している」と念を押されるように聞かされ、煜瑾はただの疑念だったものを本気にしてしまったのだ。
「名声のために、純粋な煜瑾に淫猥な誘惑を仕掛けて、煜瑾の恋人と名乗って言いなりにさせようとしていると言われ、思わずカッとなってしまいました」
「お兄さま…ひどいです…」
「けれど、このまま、煜瑾を愛していると言ってしまえば、きっと煜瑾と引き離される。君を、奪われると思い、焦ってしまった私は『恋人の振りをするという治療をしている』と、お兄さまに嘘をついてしまったのです」
誤解の原因となった発言は、こういうことだったのかと、ようやく煜瑾は得心した。
「ゴメンなさい。文維の話も聞こうともせず、勝手に誤解して、小敏や玄紀にも心配を掛けてしまいました」
煜瑾は、思い詰めた眼をして文維の頬に触れ、言葉を続ける。
「ずっと、文維だけを信じていれば良かっただけなのに…」
頬に伸びた煜瑾の指先をソッと握りしめ、文維はそこに口づけた。
「でも、こうして元通りになりました。そうでしょう?」
「いいえ。それ以上かもしれません」
煜瑾は、文維が改めて見惚れるほど、艶やかで美しい笑顔を浮かべた。
「もう、文維を疑うことは無いのです。私は、これからずっと、何があろうとも、ただ文維を信じていればいいのですから」
最愛の煜瑾から、これほどの言葉を受け取り、文維は至福に満たされた。
「本当に、好きになったのが唐煜瑾で良かったと思います」
文維がそう言うと、煜瑾には返す言葉が無く、ただ静かに目を閉じた。
それを合図に文維が煜瑾の唇を塞いだ。
これだけで、何よりも純粋に互いを求め、愛していると理解し合えた。
今の2人には、これで充分だった。
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