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第171話

「そろそろ、出ましょう」  文維(ぶんい)が部屋の時計を見て言った。そろそろ、郊外の宝山(ほうざん)地区を目指して出発する時間だ。クリスマスイブの夜だけに、万が一、道が渋滞でもして、約束の時間に間に合わないということになっても困る。  今は、約束を守る事が、2人の愛の誠実さを示すことになるのだから。 「ねえ、煜瑾(いくきん)?」 「はい?」  立ち上がった文維は、しげしげと煜瑾を見て、嬉しそうな顔をした。 「今夜の煜瑾はいつもよりステキですね。私のために、その服を選んでくれたのですか?」  ピンクがかったラベンダーのシャツブラウス、その上に(すみれ)色の洗練されたジレ、ボトムのツイードパンツはクラシックで、全体的にシックで上品なスタイルは、煜瑾の高貴なイメージにピッタリだし、文維の好きな色味でもある。 「まるで、君自身が私へのクリスマスプレゼントみたいです」  幸福感に満ちた表情の文維に、ドキドキと煜瑾の心音と体温が上がる。 「そう…、思っていただいてもいいと思います」  真っ赤になりながら煜瑾は言った。 「わ、私はもう…文維のものなので…」  そう言って文維の胸に飛び込む煜瑾は、熱に浮かされた天使のようで、文維も扱いに困ってしまう。 「煜瑾…、私は生まれて初めて自分を見失うほど、感情を揺さぶられました。君に誤解され、嫌われ、失ったと思っただけで、もう生きていく自信も無くしました」 「そんな…、文維…」  初めて、心の内の弱さを吐露する文維が、煜瑾には可哀想でならなかった。  愛しい人が苦しむ姿に、これまで守られることしか知らなかった煜瑾だったが、これからは自分が文維の支えとなりたいと思った。 「私にとって煜瑾は、生きていくために必要な存在です。太陽のような、空気のような、無くてはならない存在です」 「私も同じです。文維に会えなくて、ずっと私の人生は無意味に思えました。文維無しには、生きていく価値も無いと…」  2人はもう一度抱き合い、互いの体温を確かめた。 「たとえ今は離れていても、心はずっと一緒です」 「もちろんです。信じています」  名残惜しそうに2人はゆっくりと離れ、もう一度互いの顔を見つめた。 (本当に、美しい子だ…)  改めて文維は思う。 (こんな素晴らしい人に愛されているなんて…)  煜瑾は自分の幸運に感動する。  これほど愛し合い、求め合っている2人を、もう誰も引き離せないと、文維と煜瑾は確信し、ホテルの客室を後にした。 ***  宝山区の(とう)家の屋敷には、文維の運転する車で、40分で到着した。  日付が変わるまで、あと15分ある。  文維のレクサスは、唐家の門から離れた所に停まった。 「文維…」  間もなく、また会えない日々が始まると実感する煜瑾は、涙が込み上げてくるのを抑えられない。  文維は何も言わずに、隣で俯く煜瑾の左手を握った。煜瑾も温かい文維の右手を握り返す。 「私は、煜瑾を裏切らないし、諦めない。必ず、あの門の向こうまで、正々堂々と君を迎えに行きます」  そう言った文維の高潔な態度が、煜瑾は嬉しかった。

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