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第172話
「いつまでも、文維 だけを信じて待っています」
「煜瑾 っ!」
健気な煜瑾が愛しくて我慢できずに、文維は体を引き寄せ強く抱きしめ、唇を求めた。
深く、甘く、そして艶めかしく、2人は口吻を貪る。いつまでも、こうしていたかった。ずっとこのまま、誰にも邪魔されずに2人だけで居たかった。
「♪~」
無情にも、文維のスマホのアラームが鳴った。
体を離した2人は、1人でいることがこれほどに寒々として、心細い事なのだと改めて感じて苦しくなった。
「門の前まで、送らせて下さい」
「でも…」
恐らくはそこで待ち構えているだろう、茅 執事を思って煜瑾は不安になる。
もしも、文維に無礼なことでも言われたりされたりしたら、煜瑾はどうしたらいいのか分からない。
「心配はいりません。私たちは、何も悪いことはしていない」
真っ直ぐに正面を見据え、端然と言い切った文維の姿勢に、煜瑾は急に不安が消える。
(そうだった、この人のことを信じていれば何も怖くない…)
煜瑾は、微笑みさえ浮かべて頷いた。
その時、煜瑾はふと思った。
「何か…、文維が身に着けている物が欲しいです」
潤んだ瞳で、じっと見つめる煜瑾に、文維も何か自分の一部となるようなものを傍に置いて欲しいと思った。
一瞬、何が良いかと迷ったものの、すぐに腕時計を外した。一番共にする時間が長く、肌に馴染んだ自分の一部と呼ぶのに相応しいものだ。
文維は何も言わずにそれを煜瑾に渡した。
この時計の価値を知る煜瑾は少し逡巡したが、それでもまだ文維の温もりが残るような腕時計を両手で受け取り、しっかりと握りしめた。
「大事にします。そして、いつか必ずお返しします」
煜瑾がそう言うと、文維は嬉しそうに頷いた。
***
門の前にレクサスが停まると、監視カメラでチェックされたのだろう、何もせずとも静かに門が開いた。車を進めると、やはり屋敷の玄関には、有能な唐 家の執事が立っている。
「おかえりなさいませ」
助手席のドアを開き、茅執事は丁重に煜瑾を迎えた。
時刻は11時55分。約束の0時よりも5分早く送って来た文維に、茅執事も満足していた。
「おやすみなさい、文維」
すると煜瑾は、何を思ったのか振り返ってそう言うと、準備のできていなかった文維のほうへ体を伸ばし、頬に手を添えると唇にキスをした。
「煜瑾坊ちゃま!」
驚いた茅執事は、煜瑾の腕を掴んで車から引きずり出した。そして、逃げられないようにしっかりとその腕に抱え、車内で茫然としている包文維を睨みつけた。
「お帰り下さい!」
そして助手席のドアを叩きつけるように閉めると、茅執事は振り返りもせずに、煜瑾を屋敷に連れ戻した。
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