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第178話
その日、包文維 の愛車・レクサスが、宝山 地区にある唐 家の豪邸にやって来たのは、12時45分だった。
門が開かれ、車回しを通り過ぎ、庭の隅を執事に指示されて駐車した。
玄関に戻ると、そこで茅執事が慇懃な態度で迎えた。
その向こうには、煜瑾 も、嬉しそうな、恥ずかしそうな顔をして、愛しい文維を見つめて立っていた。
「こちらへ」
挨拶もそこそこに、茅 執事に先導され、文維は、当主である唐煜瓔 の書斎に向かった。その後を、煜瑾もゆっくりとついて行く。
書斎のドアの前で、追いついた煜瑾は、ソッと文維に手を伸ばした。何も言わずに、2人は視線を合わせただけで、指を絡め、手を握ると、一緒に書斎に入った。
その姿を見た瞬間、唐煜瓔は眉を寄せた。
「煜瑾は下がりなさい」
固い声で煜瓔が言うが、煜瑾は引こうとはしなかった。
「文維のお話は、私も当事者ですから、ここに居ます!」
毅然と言い放つ煜瑾に、煜瓔も驚いたのか、言い返す言葉が無かった。
「煜瑾…、落ち着いて下さい」
それを穏やかな声で諭したのは文維だった。その顔を振り返るように見た煜瑾は、少し不満そうな眼をした。
「…文維」
「私と、お兄さまはとても大切なお話をするのですよ」
「私の、ことですよね」
縋るように煜瑾が文維を見つめる。
そんな、見たことも無いような弟の甘い視線を目の当たりにして、唐煜瓔の神経が逆撫でられた、
文維は、何もかも分かった様子で煜瑾の手を握り、この部屋に残ることを許した。
そして、気持ちを切り替えたように、神妙な面持ちで文維は唐煜瓔を正面から見た。
「今日は、煜瓔お兄さまに謝罪に参りました」
恭 しい態度の文維に、唐煜瓔は嘲笑を浮かべて言った。
「謝罪?人を疑うことを知らない、純真な煜瑾を騙し、傷付けた謝罪かね?」
「!」
何かを言いかけた煜瑾の手を、引き留めるように文維が強く握った。その意図を察して、煜瑾は口を閉ざし、代わりに文維に微笑みかけた。
言葉を必要としない2人の親密さに、煜瓔の苛立ちは抑えきれなくなる。
「弟に触れるな!」
龍の逆鱗に触れたように、唐煜瓔は声を上げた。
それに反して包文維はどこまでも理性的な態度で、落ち着いた声で煜瓔に訴えかけた。
「私は、唐煜瑾を心から愛しています。…もう、ずっと前から…。なので、煜瑾を騙したことはありません。ただ誤解があって、傷付けたのは本当のことです」
そう言った文維は、煜瑾と視線を絡ませ、少し悲しそうな顔をした。それを、煜瑾はおっとりとした微笑みで受け止める。
「私が謝罪しなければならないのは、煜瓔お兄さまに対してです。私は、お兄さまの問いに対し、嘘を吐きました。煜瑾を愛していない、と嘘を吐いたのです。愛する煜瑾を奪われたくなくて、姑息な嘘を吐きました」
文維は目を閉じ、平静さを保とうとした。
「医者と患者としての関係でもいい、煜瑾に会いたかった。煜瑾の心の傷に触れ、癒し、分かち合える関係で居たかった。正直な気持ちを口にして、煜瑾を失うのが怖かったのです」
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